「それは駄目。絶対にだめ。あり得なくてよ。お離しなさい」
非の打ち所がない相貌に、これもまた非の打ち所の全くない完璧な微笑みを浮かべて、は目の前にいるローの腕を掴む女に向かって、愛を囁くかの様な甘い声色で流暢に言い放った。
言われた女はというと、言葉と声と顔のギャップに、驚きを隠せず目を見開き一歩後ずさった。
その間も女はローから手を離さなかった。
「ど、どうして?どうせこの島限りの関係よ?減るもんじゃなし…」
「だめ。それに、減るわ。大分」
まるで大切なものをそっと取るかの様に、はローの腕を掴む女の手を解き、自分の胸の前でキュッと両手で労わるように握りしめた。
女は自分の取られた手を見つめ戸惑いの色を見せる。
「貴女が困るのは本意ではないのよ?でも、本当にこの人はだめ」
「…………少しくらい、いいじゃない…。貴女は幾らでも貰えるんでしょ?」
「私は、この人じゃないとだめだけど、貴女はそうじゃないわね?」
「それは…」
力なく俯いてしまった女に、は寄り添う様に彼女の肩を抱き、落ち着かせるために優しく上下に摩る。
身体を強張らせた女はの居る逆方向に顔を逸らした。
「貴女は、何でも持ってるのね…。居場所も、お金も、優しい心まで…」
「あら、ありがとう。でも煽てたってダメなものはダメよ?」
そこでようやく諦めた様な微笑みを浮かべた女は、隣りに寄り添うに顔を向ける。
そんな彼女には至高とも言えるほどの、艶然とした微笑みその顔に浮かべた。女は思わず頬を紅に染め上げる。
「相手がローでなければ、止めはしなかったのだけどね…。ごめんなさい。でも、私がお相手してあげる。さぁ、身を委ねなさいな」
そう言うとはアメジストの色をした瞳をガーネットの様な赤に変貌させ、鈍く光を放つそれを女の目とかっちりと合わせる。
すると女は強張らせた身体から力を抜き、自分から彼女へと寄り添った。
そんな女にらフワリと微笑みかけた後、ただ傍観に徹していたローに向かいニヤリと悪どい笑みを見せつけ、ヒラヒラと手を振ると女を伴いその場からたち去った。
たち去るの背中をただぼんやりと見つめていたローだったが、急に現れた慌ただしく駆け寄る足音と、自分を呼ぶ声に、呆れた様に一つため息を吐いてから振り返る。
「てめぇら見てたのか」
「初めからばっちり!」
「なにバラしてんだシャチ!」
現れたペンギンとシャチとその行動に、またしてもローはため息を吐きだした。
「に、しても!ビックリっすね!ついににも嫉妬心が芽生えたなんて!」
「は?」
「いやいや、今の会話はどう考えてもそうでしょう」
「何が何でも船長はだめ、て。なぁ!」
二人の言葉に、ローが思わず浮かべた呆れ顔の気づきもせず、二人は先ほどのと女の会話の話で持ちきりだ。
いつまでたっても止みそうにないその会話に、仕方ないと諦めた風にローは口を挟む。
「スリだ」
「え?」
「あの女、自分を売りにかけると見せかけたスリだ。財布に手かけようとしやがった」
「……えぇ!?」
「てことは…」
「会話の途中で気づいたんだろうな、あの女も。にばれた事に」
初めに駄目だ、あり得ないと言ったのは、女を蹴散らそうとしたローへの牽制。
減ると言ったのは勿論金の話だ。そこで恐らく女も気づいたのだろう。
この人はだめ、と言ったのも彼女に万が一でも怪我をさせないためだ。
この人じゃないとだめ、と言ったのもこれも無論金銭面の話だ。ハートの海賊団の財布はローが握っている。
ローによって語られた事の顛末に、二人は口をあんぐりと開け、結局のところ普段と何も変わらないに、同時に呆れた様に一つため息を吐いた。
「どこまで行ってもブレねぇなぁ、あいつ…」
「それがいいんだろ?」
ニヤリと端整な顔に笑みを浮かべたローは、の向かった方向とは逆に歩み出す。
「さすが船長もブレない!」
「だからこそどこまでもついて行くぜ!」
そう歓声を上げながら二人はローの後へ続いた。
ガーネットに閉ざされ眠る心
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