ジリジリと焼け付くような日差しと、眩しい太陽。雲一つない晴天と、海上にも関わらず生ぬるい風は、夏島の海域に入った事をありありと指し示していた。
そんな天候の為、外に出る事を禁じられているは、食堂にて暑さを和らげる為に、氷を大量に入れた水でのどを潤していた。
ゆっくりとした一人の時間を過ごしていたが、そこに一匹の熊が現れる。
「あ゛ーづーい゛ー」
「毛皮だらけだものねぇ」
茹だるベポに自分の席の隣りを進めると、彼は座ると同時に机に突っ伏した。
暑くて仕方ないといった状態の彼に、立ち上がったはベポ専用の大きなジョッキに、氷を大量に入れてから水を注ぎ、彼の手元へと置く。
勢いよく上体を起こしたベポは食らいつくようにジョッキを手に取ると、勢いよく飲み干した。
そんな彼をクスクスと微笑み眺めつつ、はまたベポの隣りへと腰掛けた。
「ちょっとマシになった!ありがと!」
「はいはいどういたしまして。ついで扇いで上げましょうか?」
「さすがにそれは悪いからいいや」
そう、とただ微笑むをベポはジッと見つめ、そしてアタマを捻る。
「どうかして?」
「どうしてはいつも黒い服?夏島の近くなら白い方が良いんじゃないか?」
はたと目を一瞬見開き、は自分の纏う上から下まで濃淡のない、ただただ真っ黒な衣服を見やった。
そして長いスカートを少し摘み、伏し目がちな目をさらに伏せ、過去を思い起こす様に遠い目をした。
「喪に服しているの。だから黒以外は着れないわ」
「え…」
「ふふ、暗い話をしてしまったわね」
「う、ううん…」
スカートから手を離し、ベポに向けた時には笑顔に瞬時に変わっていた彼女の表情はいつもと変わりがない。
それに彼はホッとしつつ、躊躇いながらも好奇心が抑えられないと、彼女に問うた。
「誰が、死んだの?」
「んー…まず私を筆頭に、大切な人が多数」
吸血鬼である彼女は一度人間としての生を終えている。この船に乗るものなら誰もが知っている事実だ。
自分や大切な人が死んだから、などと言いながらもは特に顔色も変えず、先ほどまでと同じように微笑んでいたが、話を聞き出したベポというと、完全に気を落とし、ドンヨリという効果音が似つかわしいほどに肩を落としていた。
「妙な事聞いてすみません…」
「ふふ、そんなに気にすることじゃないわよ。一体何百年前の話だと思ってるの」
「何百年前の話なのに、は喪に服してるだろ?」
「うふふふ痛いとこ突くわね」
でもね、と呟いたは、ベポの行儀良く膝の上に置かれた手を取り、自分の胸の前でギュッと両手で握った、そして彼に意思の強い笑みを真っ直ぐに向ける。
「これは、私を置いて行く人たちを忘れない為でもあるの。心が塞いだりしなくもないけど、それでもね。私が喪服を着続ける限り、決して忘れない」
「おれの事も?」
「貴方まだ生きてるじゃない。ふふ、でもそうね、いつかはそうなるわ。忘れなくってよ、ベポのこと、この船の皆のこと」
過去を憂いて今を尊ぶ
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