ある島に停泊したハートの海賊団の潜水艇船長室にて。ソファに腰掛けたは、部屋の主が帰ってきた事にも気づかず、懐中時計とメモ帳を手にブツブツと独り言を小さく呟いていた。
全く自分に意を返さないを特に気にするでもなく、ローは彼女の隣へと腰掛け、彼女が熱心に見つめるメモ帳を覗き込んだ。


「あらロー。お帰りなさい」
「あぁ」


ようやく気づいたはローに機嫌良く微笑みかけた。
だがのメモ帳を見たローはというと、彼女とは真逆の不機嫌な顰め面を浮かべていた。


「………何だこれは」
「見て分からなくて?明日の予定。分刻みスケジュールだからかなりハードだわ…」


むう、とが見つめる彼女のメモ帳には、時間と場所と女性の名前、そして一部には電伝虫の番号がズラリと書き連ねられている。
それだけの情報が書かれた彼女の予定表は、何をするか、までは書き記されてはいない。しかしそれでもをよく知る人物が見れば、彼女が記された名前の相手と何をするかは容易に理解できる。


「……おれを置いて他の奴をこれだけ相手するとは、いいご身分じゃねぇか」
「あらいやだ。女の子相手のデートに妬かないで下さる?」
「せめて食事と言え」
「妬いてるのは否定しないのね…」


パタンと音を立てメモ帳を閉じたは、それを懐中時計と共に机の上に置き、腕を組んでローに向き直った。


「よろしくて?これだけは譲れないの。生き繋ぐ為だとはいえもう趣味なのよ。奪われれば多重の意味で死んでしまうわ」
「血だけ奪えば一人にそんな時間もかからねぇだろ」
「それじゃ可哀想よ。ひと時の気の迷いとはいえ、血を吸った相手は私に性別問わず惑わされる。ならひと時の思い出だけでも上げたいじゃない」
「逆に酷だろ。お前はすぐに去る」
「もう!分かってなくてよ!」


ソファの背もたれを軽くパンと叩いたは、ずいとローに詰め寄る。元々殆ど距離の空いていなかっただけに、身体はほぼ密着し、顔の距離もあと数センチで額が付く距離である。
間近で少しいきり立つにも臆せずローは彼女を見据える。


「女ってのはね、強い生き物なの。ひと時の思い出さえあれば暫くは浸れるの、糧に出来るの!で、その暫くの間で私の力は消える。ほらなんの問題もなくてよ」
「普通知り合って間もない上に、その島限りの奴にそんな気を使うか?」
「女の子ならする。男ならしないわ」
「…………」


呆れたとばかりにから顔をそらし、はぁとため息を一つ吐いたローは、足に肘をついて頬杖をつき、瞳だけを彼女に向けた。


「なぁ、。たまに分からなくなる」
「何が」
「お前、どっちが好きなんだ?」


ローの質問の意味を捉えかね、数秒黙したは、そのどちら、というのが男性か女性であると気づいた瞬間顔を引きつらせ、横顔を見せるローの頬に手を添え、焦ったように無理矢理自分に向けさせた。


「ちょ、ちょっと、変な質問しないで」
「恐らく船員の何人かは本気で分かってねぇぞ」
「ななな何それ。私のこの船での立場忘れてなくて?」
「それだけお前の食糧漁りは異常って事だ」
「比べる対象もいないのに異常扱いしないでもらいたいわ!」


慌てふためくに対し、ローはそんな彼女を先ほどとは打って変わってニヤニヤと余裕を持って見物している。
暫くその状態が続いたが、急にキッとローを見据えたは、勢いよく彼の唇へと噛み付くように口付けた。突拍子もない行動にローは一瞬目を見開く。
しかしすぐに彼女は唇を離し、コツンとローの額に自分の額をくっつけた。


「払拭できて?」
「元からおれは本気で言ってねぇよ」
「なら一体誰?」
「分かったとして何をする気だ?」
「見せつけ」
「理由が気にくわねぇ却下だ」


あああぁ、と唸りつつローの頬から手を離し頭を抱えたの髪に、ローは手持ち無沙汰を解消するかの様に指を絡める。


「おまえがそこまで気にするとは、意外だな」
「通りすがりの見ず知らずなら兎も角、ハートのクルーにそれは頂けなくてよ…。貴方への想いを嘘だと思われるのは心外だもの」


の言葉にローはニヤリと満足気に不敵な笑みを浮かべた。


「なら、食糧漁りを減らせばいい」
「それだけは却下」
「…………」




疑う心は誰のせい





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