朝日が登り数時間、人々が起き出すには少々早い時間帯に、ハートの海賊団の朝は始まる。
まずは腹ごしらえの為に食堂に集まる船員たちと同じく、食堂へとやってきたは、カウンター席にて朝食を待っていた。とはいえ彼女が口にするのはコップ一杯の水くらいである。
ぼんやりと眠気の覚めない様子で、カウンターに頬杖をついている彼女の隣の席がガタッと音を立てたところで、誰かが隣にいた事に初めて気づき視線を移せば、普段通りに目元が見えないほど深く帽子をかぶったペンギンが、彼女の目に入る。

「はよ…」
「おはよ。眠そうねぇ」
「あぁ、不寝番だったからな…これから軽く食って寝る」
「あら、お疲れ様」


どかりと音を立て座ったペンギンは、ふとキョロキョロと辺りを見渡した。そんな彼には軽く首を傾げてみせる。


「船長はいないのか?」
「ええ、まだぐっすりのはずよ。随分夜更かししてたから」
「あー、そいつはお楽し…」


続けようとしたペンギンの言葉は、がカウンターにヒビが軽く入る程に拳を叩きつけた事により遮られた。


「下世話な男は嫌われましてよ?」
「………おぉ」
「分かればよろしい」


顔を引きつらせ冷や汗を流しながら、ペンギンは内心で否定はしないんだな、と呟いたが声に出す事はなく飲み込んだ。
叩きつけた拳をパタパタと振り、もう一度頬杖をついたは、何事も無かったように話を続けた。


「だから、用があるなら後にして上げて」
「いや、特に用があるわけじゃない。…は、……いいのか?」
「放っておいてって事?良いわよ。子供でもあるまいし」


戯けた様に笑ってそう答えたは、彼女とは逆に真剣味を帯びた雰囲気のペンギンに、その笑みをピタリと止める。
がジッとペンギンを見つめれば、彼は少し躊躇いを見せたが、相変わらず帽子により目元が伺えないその顔を彼女に向け口を開いた。


「正直、分からなくなる。お前と、船長の関係が」
「あら、珍しいわね。そんな話題」
「思うところがあってな…。船長とは、仲睦まじい様に見えて、唯の姉弟のように見えるときもある」
「母子って言われないだけマシかしら」
「お前は、故郷に戻る為だけに船長の想いを利用してないか?」
「……」


静かにペンギンを見据えるに、ペンギンも身体ごと彼女の方に向かい直し、普段よりも硬い声で言い放つ。


「船長を裏切るなら、お前でも許すことはできねぇぞ」


朝食を待つ食堂の喧騒のなか、彼女の耳にはしっかりと届いたその言葉に、は怒ることもなく、ただ目を伏せた。
意外な彼女の行動に、ペンギンはまさか図星だったのではと、一抹の不安が脳裏を横切ったが、ふっと聞こえた彼女の小さな笑い声によって一瞬かき消される。


「ローは良いクルーを従えてるわね」
「他人事みたいに言うなよ」
「そうね…こういう言い方が薄情なのよね。…ほんの少しだけ、昔あった話をしましょうか」


過去に想いを馳せるかのように、は目を瞑る。


「私だって、自分の薄情は理解しているのよ。だからこそ数日、頑張ってみたの。甘えてみたり、嫉妬してみたり、恋人にしかみえないそぶりを。そうしたらどうなったと思う?」
「…どうなった?」
「すーんごい落ち込ませたわ。自分は自然体でいさせられないほど頼りないかって…。まぁフリでしかないもの。当然の結果だったって今なら分かるわ」
「…」
「そのうえちょっと拗れかけてたときで、間も悪かったの。あの時のローは…あー、…思い出すのも怖くてよ。…つまりペンギン、私が言いたいことは、知った風な口をきくな。この一言に尽きるかしら」


決して他人に分かるような、一言で語れるような関係ではない。そんな意味を込めてニヤリとペンギンに笑みを向けたに、彼は気まずそうに帽子越しに頭を軽くかきつつ、頭を少し下げる。


「…えー、と、だな…。すまない」
「ふふ、よくってよ。珍しいペンギンが見れたし、あんまり出来ない話も出来たし。それに…」


言葉を途切れさせたは、かたんと小さな音を立て立ち上がる。話の途中に何事かと、ペンギンは立ち上がった彼女を見上げた。そしてペンギンに背を向け歩き出した彼女の行く先には、つい今しがた食堂の扉を開けたらしい、先ほどまでの話題の中心の人、ローが彼の視界に入った。
はローの目の前で足を止め、ジッと彼の顔を見据える。
そんな二人の様子に、食堂に集まった船員たちは気になる様子で、会話が疎かになりだした。


「どうした?」
「いいこと?私は、貴方が思っている以上に、貴方のことを愛してる」


その場にいる全員に聞こえる様に発せられた言葉に、ローは一瞬目を見開き、船員たちは一様に目を丸くした。
そしては耐えきれないとばかりに、食堂から朝食も取らずに、頬を押さえつつ颯爽と立ち去った。
状況についていけないのか、その場から動かず、彼女の背を見つめていたローだったが、弾かれた様に大股で彼女の後を追った。

食堂扉付近で起こった突拍子もない出来事に、唖然としていた船員たちだったが、朝食が出来上がり、争奪戦が始まったことにより、先ほどの事は頭から抜けていった。ただ一人を除いて。


「それに、思うところもあった、…か?」


呟いた彼の言葉は、誰に聞かれる事もなく消えていった。




伝えるには筆舌に尽くし難く






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