月明かりに照らされた銀色の髪をたなびかせ、船首の欄干に腰掛けていたは、ふいに聞こえた扉の開く音に頭だけ振り向かせた。
目の端に入ったのは毛布を片手に持った、自分こそそれが必要だろうと言いたくなるような、黄色基調のパーカーを身に纏ったローの姿だった。


「貴方のその服、裏起毛だったかしら?」
「いいや」


の隣までやってきたローは、その毛布をばさりと音を立て彼女の肩にかけ、欄干に腕をもたせかけた。
落ちない様には片手を服と毛布を同時に掴んだ。
突き返してやろうかと彼女の頭に過った瞬間、それを見抜いたかの様に、ローが据わった目でを見つめたために、彼女は渋々現状に甘んじた。


「月光浴か?」
「ご名答。今日は月が綺麗だから」


首をぐっと反らし、は自分のほぼ真上に輝いている、上限の月を見上げた。


「もうすぐ満月ね」
「あぁ」
「前回からまだそんなに経ってない気がするのに」


時間が過ぎるのが速いわ。と呟いたは俯き、今度は水面に映った月を見下ろした。


「月日が経つのは、本当に速いわ」
「そりゃお前の年齢が」
「貴方いい加減私を年寄り扱いするのやめなくて?」


ギロリとがローを睨みつけば、彼はただ肩を竦めてみせるだけだった。
やり切れない苛立ちを何とか抑えるかのように、大きくわざとらしいため息を一つ吐いたは、またしても海面の月を眺める。


「貴方は、何歳になったのだったかしら」
「二十四」
「若いわねぇ」
「比べる対象がお前じゃ誰でも若けぇよ」
「あら、永遠の二十一歳でしてよ?」
「あーそうかよ」


まるで適当なローの返事にも特に気にするでも無く、はただひたすらに水面の月を眺めている。


「思い返してみれば私の人生は短かったのね」
「……」
「まぁ、あまり覚えてもいないのだけれど」
「…その時が、お前にとっての最上の時間だったとも思えねぇ」


ローの言葉にゆっくりと顔を上げ、覗き込むようにが彼の顔を見上げると、眉をハの字にしてすこし困ったように微笑んだ。


「今が生きているなかで一番楽しいわよ?」
「ならわざわざ思い出すな」
「でもあの時が一番生きているって実感があったわ」


聞く人によっては重苦しい言葉も、先ほどまでと全く変わる事ない少し困ったような微笑みを浮かべるは、事も投げに口にする。


「今は、ふとした瞬間には何も無くなっているのよ。変わらないのは天体と海くらいかしら」
「…これからは、なくなっても、増えるものがある」
「…そうね。いつか家族ができれば、きっとそうね。きっと、これからは…」


ひらりと欄干から降り立ったは、ローの隣へと並ぶと、頭をコツンと彼の腕にもたせかけ、クスクスと小さく笑い出す。


「優しいわね、ローは。皮肉っぽく聞こえるあたりひねてるけれど」
「何の事だ」
「はいはいなんでもないわよ」



気づくと過ぎ去り逝く世界






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