「痩身で肌が青白い。餌である人間を惹きつけるため、美形として描かれることが多い。棺桶の中で眠る」
特に用も無く、船長室へと訪れたの耳に入ったのは、吸血鬼の特徴について語るローの声だった。
ソファに座る彼に目をやれば、本を片手に先ほどの続きを口にしている。
「赤ワインや薔薇が血液の比喩として用いられる事がある。鏡に映らない」
「急にどうしたというの」
ローの隣に腰掛けたは、本を覗き込みローの音読している文章を目で追う。
「杭を心臓に打ち込めば死亡する。銀の武器以外では傷付けられない」
「だいたい合っていてよ。たたが文献も馬鹿にはできないわね」
「吸血鬼に血を吸われ死んだ人や、吸血鬼の血液が体内に入った人は、吸血鬼になる。また、血を吸われなくても吸血鬼に殺されれば吸血鬼になる。例外として吸血鬼に愛された人物は吸血鬼になるのではなく不死などの能力を身に着ける…」
「…………」
そこまでローが読み上げたと同時に沈黙がその場に降り立つ。
何か切り出そうかと考えあぐねているより先に、ローが口を開いた。
「通った島で吸血鬼が増えたという話も聞かねぇ。迷信か、お前にその力がないか」
「…まさか、なりたいの?」
ローを見つめるの視線に、軽蔑の色が込められる。そんな彼女の視線を気にもとめず、本を閉じたローは自嘲気味に薄っすらと笑みを浮かべた。
「お前は、眷族が増えることは望まないんだな」
「自分からなりたいって人の意味が分からないわ。何の得もないですもの」
「権力者の行き着く先は不老不死だと相場は決まっているがな」
「ここのどこに権力者がいまして?ならず者ばかりよ」
ふん、とは腕を組み足を組み、尊大な態度でローを据わった目で見やる。
「きっと私が拒んでるからよ。眷族が増えないのは。私は、いつか人間に戻ってみせるわ。いつまでたってもあの世に貴方を一人きり、という訳にもないでしょう?」
「なるほど…」
「それとも、貴方はそれでもなりたくて?」
「はじめからおれはなりたいとは、一言も言ってねぇ」
「……そうね。なら、どういうことでして?」
不可解と怪訝さと多少の苛立ちが混ざったように、眉根を寄せローを見やるに、彼は彼女の眉間にトンと人差し指を当てる。急に近づいたその指には思わず目を瞑った。一瞬顔を顰めたが、彼の意図を汲む様に、彼女は顔の筋肉を緩めた。
「お前が誰も眷族にする気がないなら、それでいい」
「そう」
「戻れればいいな。…できれば、おれが生きている内に」
指が眉間から離されたと程同時に、が目をそっと開ければ、本を机に置き、いつもと同じく不敵な笑みを浮かべたローが目に入った。
そんな彼にも自信に満ちた縁然とした笑みを浮かべてみせた。
「戻るわよ。いつまでかかっても、必ずね」
止まった時計が壊れる日は
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