「血が足りない」
船長のソファにうつ伏せに倒れこみながらはただそれだけ、力なく呟いた。
それからピクリとも動かなくなった彼女をしばらくベッドに腰掛けて眺めていたローだったが、痺れを切らしたのか彼女に声をかける。
「輸血パックを半分も消費しておいて文句を言うんじゃねぇよ」
「鮮度の高いものを食したいと思うのは人間と同じでしてよ!」
いきり立ちながらガバリと顔を上げローを睨みつけただったが、五秒も経たない内に、またソファへと突っ伏した。
「後、美味しいものが食べたいというのも同じよ。女の子の血が飲みたい…」
「無茶を言うな」
無い物ねだりをするに呆れ半分にローはため息を一つ零す。
そしてふと思い至ったかの様に、普段より幾分か神妙な声で彼女に語りかけた。
「そうやって、無理を強いているのはおれだったな」
「そうでしてよ」
「海に連れ出しても、おれがいる限りお前は自由にはなれない」
「…?」
「お前がそう言うなら、次の島で…」
「次の島で、何?」
「船を降りても、構わない」
ローの一言にはバンとソファに手をついて勢いよく上体を上げローを見やった。しかし彼女の目には俯き加減の彼の頭部が見えるだけで、肝心の表情はには伺う事ができなかった。
は苛立ちを隠しきれず、ついた手をソファをもう一度バンと、今度はただ音を鳴らすためだけに叩きつけた。
「何貴方らしくもないことを仰るの?」
「それでも、つれぇんだろ?」
「私がつらければなんでして?それを全て受けとめるのが、私を連れ出した貴方の役目でしょう?しっかりなさい!」
「おれも、よく考えりゃお前を陥れた奴らと大差ないという事か…」
「私の話聞いてらっしゃる!?」
またしてもソファを叩きつけたは項垂れるローをキッと睨みつける。
「見損なったわ!いくら私が言い出したとはいえ、そんな望んでもいない気遣いをする人だとは思わなかった!貴方は…貴方はそうじゃないでしょう!?」
ソファから起き上がったは、早足でローの元まで歩み寄ると胸ぐらを掴んだ。それでもなお顔を逸らすローに苛立だしげな表情を剥き出しにして言い放つ。
「見損ないはしたけれど、それでも一緒にいてあげる。私は自由だからこそここにいるわ」
「く…」
途端、ローは小刻みに震えだし、口元を手で軽く抑える。
いったいどうしたのかと、彼の表情を伺おうと覗き込めば、明らかに笑を咬み殺しているのが彼女の目に入った。
「……………ロー」
「く、くくく…そうか…そんなにおれといたいか」
「どこで覚えたのそんな演技!」
がくがくと掴んでいるローの胸ぐらを前後に揺らすは、先ほどまでの自分の発言を思い出し頬を紅潮させる。
一方ローは珍しくも、ついに堪えるのをやめて笑い出した。
「釈然としなくてよ…!」
「そうか、悪かった」
「悪びれもしないで言わないの!」
は握り締めた拳をローの頭めがけて振り下ろしたが、難なく除けられすぐさま腕ごと彼に抱き止められた。
「一発くらい殴らせなさい」
「断る。確実に骨が折れる」
ローの腕から出ようともがこうとしただったが、ニヤニヤと嬉しさを滲み出させる笑みを浮かべるローに妙な脱力感を覚え、それに従うまま彼へと体重を預けた。
「嘘でもあんな言葉聞きたくなくてよ」
「もう言わねぇよ」
「どうかしら」
「今ので随分信用なくしたか?」
「…いいえ」
不貞腐れた様にそう呟けば、の後頭部の髪に指を絡めたローが、息を奪う様に彼女に口付けた。
放せど動かぬかごの鳥
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