月の綺麗な夜の海。もう日付も変わろうという時間帯に、ハートの海賊団の潜水艇の甲板は矢鱈と笑い声が響き騒がしい。何の祝い事もないが宴会と称し皆一様に酒を飲んでいるからだ。
ほとんど素面の人間がいない中、全く酔う事をしらないは、麦わらワインを水の様に飲みながら、酔いが回り切り泥酔してなお、陽気な船員達を微笑ましそうに眺めていた。
そんな時、ふいに後ろから体に腕を回されるが彼女の目に入った。その手に施された刺青と、慣れた腕の感触から、顔も見ず声も聞かずローだという事が分かる。
「何?」
「…」
「酔っ払いの介抱はごめんでしてよ」
「…」
「…?」
普段とも酔っている時とも様子が違うローに、不思議に思ったは振り向こうと顔を横向かせたが、思いの外近くにあった彼の顔があり、途中で止めてしまう。公衆の面前でこれは頂けないと、仰け反ろうとしたの頭をローは抑え、そのまま自らの唇を彼女のそれに押し当てた。
「おおおぉぉぉ!」
「船長やるう!」
囃し立てる船員達の声を全く聞こえていないかの様に、ローはさらに口づけを深め様とした。しかしその瞬間のアッパーカットがものの見事にローにヒットした。
「…っ!!おま、舌噛んだだろうが!!」
「人前で襲う様なケダモノに文句言われる筋合いはなくてよ!」
「はぁ?普段もっといやらしい事しようが文句の一つも言わねえのに今更何を」
「お黙り!お黙りなさいこの酔っ払い!!いったい何を飲んだのよ貴方がそんなに酔うなんて!」
誰かわかる人いる!?と泥酔した船員達に聞けども彼らからは、良いから続けろ、その他、もっとやっちまえ、などと囃し立て、真面な返事など返って来るはずもなかった。
挙げ句には背中からただ腕を回している状態だったローが彼女にもたれ掛かり、ずるずると重力に従うまま体を折り曲げ、上体を上げることが出来なくなる。
「いったい何なのよもう…!」
「何で拒む…」
「まだその話続いてるの?見世物になるのを嫌がらない訳がないでしょう?」
「…ここじゃなきゃ良いってことか」
それからはまるで酔っているとは思えないほどの俊敏さでを横抱きにし、ローは早足に船内へと続く扉へと歩みだす。そしてごゆっくり、などと騒ぐ船員達の声を背に甲板を後にした。
あまりにも早い行動に呆気に取られたは抵抗する暇もなかった。
船長室へと強制連行されたは、ブーツを脱がされてから、ローによって丁寧に恭しいとも取れるような優しい動作でベッドに横たえられた。大人しく流されるつもりのないは起き上がろうとするが、ローにより肩を掴まれもう一度ベッドに戻される。
「ここなら問題ねぇだろ」
「はいはい酔ってなければね」
「あぁ?騙しやがったな」
「勝手に勘違いしたのは貴方でしてよ」
「うるせぇ黙れ」
「あぁもう!扱いにくい!」
ローの胸板を押し返し無理矢理に起き上がろうと、上体を起こしたところで抱きとめられた。
「逃げんじゃねぇよ」
「はいはい逃げてない逃げてない」
掻きつくように抱き付いているローに、は彼の背に腕を回し、宥める様にポンポンと軽く叩いた。
「子供扱いするんじゃねぇ」
「してないしてない。ちょっと落ち着いて来たかしら?お水でももってきましょうか?」
「要らねぇ。何処にも行くな逃げるな」
「逃げないわよ。そればっかりね…」
どうすればいいかを考えあぐね、途方に暮れ出したに、ローはさらに彼女に回す腕に力を込める。息がグッと詰まったは彼の肩を何度か叩く。
「ロー流石に痛い…。逃げない、逃げないから」
「…ねみぃ」
「分かった分かった。今日はこのまま寝ましょう、ね?」
そう言えばローはベッドにをその腕に抱いたまま横たわり、彼女の髪に顔をうずめすぐに寝息をたてだした。
拘束が緩まった事と、彼が眠った事に安堵のため息を小さく吐いたは、ふぅと一息ついてから自分もローの胸板に顔をうずめた。
「泥酔してこうなるってことは、深層心理では逃げられるって思ってるのかしら、貴方は」
そんな事はしないとばかりに、は彼にできる限り密着してから、その目を瞑った。
心の底まで抱きしめる
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