「宵闇のだな?」
とある島にて、上陸していたが、自分の後を付けられている事に感づき、路地裏へと足を踏み入れたときに事は起こった。
人気のない場所に入るのをこれ幸いと、武装をした男が数人、の周りを取り囲み、定型文である冒頭の言葉を口にする。案の定という言葉が似合う状況に、彼女は小さくため息を吐いた。
「人違いでしてよ。さようなら」
彼女の手配所には写真がない。その上に似顔絵が載っている訳でもない。ただ事細かに容姿説明が載っているだけである。
しらばっくれ続けていれば本当かどうかはわかならくなり、相手を多少なり混乱させる事を彼女は熟知している。
気にするほどの相手でもないと、はもうすぐそこの距離にある帰るべき船への帰路を一歩踏み出した。しかし彼女を取り囲む男達はなおも行く手を阻む。
「まあ待て」
「貴方たち賞金稼ぎでしょう?私を狙っても意味なくてよ」
「賞金稼ぎってだけなら良かったなぁ」
「お嬢ちゃん知ってるか?この島じゃ、人間だって売り買い出来るんだぜ?」
「お前みたいな上玉の流れ者を、逃すてはないんだよ」
「宵闇だろうがなかろうが、どっちでもいいって訳だ」
下卑た笑みをその顔に浮かべ、口々にをこれからどうするかを話す男たちに、は場違いにも縁然と微笑んでみせた。
そんな彼女に対し怪訝な顔をした男の一人が、手を少し挙げ合図する仕草を見せると、他の男たちが一斉にに襲いかかった。
「残念。こういうのって、どこでも同じ様なものねぇ」
面白みがないわ。と余裕の態度を崩さず、は地面を蹴った。
そうすれば一瞬のうちに、合図をした男以外は、ドサリとうつ伏せになって地面に身体を密着させる事になる。その一瞬のうちに、が彼らの腹に拳を叩き込んだからだ。岩をも素手で砕く彼女の力をもってすれば、ただの一撃でも入れば内臓に傷がつくほどの衝撃を与える。
「さ、て。後は貴方だけね」
は先ほどと変わらぬ微笑みで、ただ一人残った男に向き合い、その目を紅に鈍く光らせた。
数秒も経たない内に、仲間を全て失った男は、信じられないとばかりに、これでもかというほど目を見開き、現実離した速さを見せつけたを、恐れを隠しきれない表情で凝視した。
「化け物…!!」
そう叫んだ男は仲間を置き去りにして、その場から脱兎のごとく逃げ出した。
残されたが今度こそ帰ろうと、足を一歩踏み出したところで、彼女を呼ぶ声が耳に入る。
「」
「ロー…。ヒーローは遅れて登場っていうけど、終わってからじゃ遅すぎではなくて?」
がこの路地裏に入った場所、今彼女のいる背中側から現れた声に、は振り返ることもせず応えた。
「これくらいで化け物なんて、宵闇と勘付いて襲撃してくるわりには腰抜けよね」
「女だと思って舐めてかかったんだろ。奴らは十字架くらい持ってくるべきだったな」
「それは本気でピンチになるから、やめて欲しいわ…」
会話をしつつの隣に立った、ローのパーカーの袖を、彼女はキュッと握った。
突然の彼女の行動に、心中驚いたローは彼女を見下ろしたが、ツバの広い帽子に遮られその表情を見ることは叶わなかった。
「“ROOM”」
「…?」
不意に聞こえたローの能力発動の言葉に、が顔を上げれば、目の前の路地裏の景色は一変し、二人は見慣れたハートの海賊団の潜水艇にある、船長室へと移動していた。
「便利すぎるわその能力…」
呆れとも感嘆とも取れる声色でが呟く。
早々にソファに腰を下ろしたローは、に隣に座るように促す。言われるがまま腰掛けたから、ローは彼女の帽子を取り机へと放った。
「それ高いんだからぞんざいに扱わないでくださる?」
「痛んだらまた買ってやる」
「そういうことではな……まあ今はそれはいいわ。どうして急に帰って来たの?」
「ここなら誰にも見られねぇ」
そう言ってローはの滑らかな象牙色の頬に手を添えると、親指で拭うようにそっと撫でる。
一瞬ポカンとしただったが、ふっと困った様に微笑んだ。
「別に化け物扱いされたくらいで落ち込んでないわよ」
「おれは何も言ってねぇ」
「………嵌めたわね」
「勝手に嵌っただけだろ」
口を尖らせ不服そうにしつつも、降参とばかりには勢いよくローにしがみつき、彼の胸板に顔を押し付け抱きついた。
その勢いでローはソファに倒れこみ、に押し倒された様な状態で抱きしめ返し、彼女の長い髪をさらりと撫でる。
「貴方も思う?私が化け物だって」
「ねぇよ。一度だって」
「それが聞ければ私はそれで十分」
「ここは泣き縋った方が、可愛げがあるんじゃないか?」
「残念ながらカケラもないみたいでしてよ」
はローに押し付けていた顔をあげ、彼の顔を覗き込み微笑みかける。
「泣き縋りはしないけれど、こうやって抱きついて弱音を吐くのは貴方にだけでしてよ?」
「…おれも、その言葉があれば十分だ」
溶かし溶け合う心の氷
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