「珈琲と紅茶、どっちがいい?」
「……、珈琲」
彼ら二人以外誰もいない食堂にて、何故かカウンターの向こう側、つまりキッチンに立つはローに問うた。
壊滅的と自身も自覚しているの料理の腕は、この船で誰もが知るところであり、あまりキッチンには立たせたくないのが船員達の本音である。もちろんローもそのうちの一人であり、苦虫をかみつぶした様な表情を浮かべて答えた。
「はいどうぞ」
「…お前が煎れたのか?」
「残念。据え置きよ」
カウンターに頬杖をつき、は向こう側にいるローに苦笑を浮かべて見せた。
「たまには違う場所に立って見るのも良いわね」
「お前がそこに居ると、こっちとしては心臓に悪いがな」
「お黙りなさい」
彼女に言われたからではないが、ローは静かにによって出された珈琲を飲み始める。
「何だか町娘が喫茶店で働いてる気分。柄の悪い船乗りに絡まれて大変、って感じかしら?」
「むしろ柄の悪い船乗りに絡んで、自分から問題起こすタイプだろ」
「ええそうね返り討ちにしてやりましてよ」
ふん、と皮肉で返したは不服だとばかりに口をへの字に曲げた。
半分ほど飲んだ珈琲をソーサーに戻したローは、への字口のと目を合わせる。
「まあ、ただの町娘なら連れて行くのに苦労はしないだろうな」
「その仮定ならお互いの過去を知らないでしょう?なら連れて行く気にもならないわよ」
「くだらない仮定だったな」
「言い出したの誰でして?」
ローはもう一度ソーサーからカップを取り、残った珈琲を一気に飲み干した。
空になったカップとソーサーをは流し台へと移動させる。そしてまた同じ位置に戻り頬杖をついた。
「でも、仮定も考えると楽しいわね。もし町娘だったらとか、船に乗ってなかったら、とか」
「船に乗っていなければ、お前は何をしている?」
「スケコマシ」
「……………」
「冗談でしてよ」
言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべ、あぁ楽しそうかも。などと小さく呟く。そんな彼女にローはわざとらしく一つため息を大きく吐いてみせた。
「限りなく本気の冗談は置いといて、貴方こそ船に乗っていなければ何してたかしら?」
「医者だろ」
「それもそうだったわね…。女性患者が殺到しそうだわ」
想像してクスクスと笑い出したを見て、ローは分かりやすく顔を顰め、彼女からフイと顔をそらした。
「他には…、何かない?」
「そうだな…。俺が次の島で航海をやめると言えば?」
「うーんそうね」
瞳を上向きにして考える素振りを数秒見せた後、はローにカウンター越しに手を伸ばし、その首に回すと締める直前でピタリと止めた。突然の彼女の行動に、ローはそらした顔を彼女へとまた向ければ、かっちりと視線が交差した。
「とりあえず約束を破る事になるのだから、何もかも没収ね。血液一滴残さず」
「そいつは怖えな」
「くだらない仮定の話でしょ?」
「それもそうだ」
「でも、逆なら貴方もそれくらいしてよろしくてよ」
首から手を離し縁然と微笑み、遠回しに裏切れば殺せと言う彼女に、ローも応える様に不敵に笑んでみせた。
奪うなら命まで
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