「あの海賊船、明らかにこっち向かってきてるな」
「見覚えのねぇマークだな」
「あら本当。こっちがハートの海賊団と分かってるのかしら?」


ハートの海賊団潜水艇の船首にて、明らかに敵意を持って此方に向かっている海賊船を眺めながら、その場にいた、ペンギン、シャチは、悠長に危機感のない会話を続けていた。
その間にも、船は此方へと距離を縮めてくる。


「私がひとっ飛び行って来ましょうか?」
「日が高いしやめとけって。下手したら自爆で終わるぞ」
「大丈夫、手加減しましてよ」
「手加減しないと自分が危ないってのも笑えねぇ話だな…」


その上負ける気がしねぇし…、と乾いた笑い声を小さく上げるペンギンをよそに、は蝙蝠のような皮膜の翼をバサリと出現させた。
そして飛び立とうとしたその瞬間、彼女は肩を後方から掴まれその場から動けなくなる。


「何のつもりでして?ロー」


振り返らずともこんな風に彼女を止めるのは彼だけである。後ろを確認せずはその名を紡ぐ。


「今日は日差しが強い。やめとけ」
「まあ、随分と過保護ですこと」
「…“ROOM”」


急に聞こえたローの能力を発動させる直前の言葉に、は思わず振り返る。


「え、ちょっと?」
「“シャンブルズ”」


その言葉を聞いた途端、の目の前の景色は一変し、普段から入り浸っている先ほどまで彼女の肩を掴んでいた張本人の部屋の中へと瞬間移動していた。


「……………」


突如有無を言わさず送られた事にこめかみに青筋を立て、怒りを露わにしながらも、こんな近場に送られた程度では止められないとばかりには早足にドアへと駆け寄り、ドアノブを掴んだ。その瞬間。


「いった…!?」


電撃が駆け走るような感覚と、ねっとりと這い回るような嫌悪感を全身に感じ、そのあまりの衝撃には意識を手放した。





海賊同士の交戦は、もちろんハートの海賊団の圧勝での終了だった。
後始末が終わった頃にローは早々に自室へと足を向けた。そしてたどりついた彼がまず始めにしたことは、廊下側のドアノブにかけた十字架のネックレスを外すことだった。先ほど彼女が気を失ったのはこれが原因だ。聖なるシンボルが近づけば近づくほど彼女に害をなす。たかがドア一枚分の距離では彼女は気絶せざるを得ない。
十字架のなくなったドアノブを捻ればそこには、いかにも不貞腐れたといった顔をしたが、ソファの真ん中に足を組み尊大な態度で待ち受けていた。


「酷い。いくらなんでも、非道い」
「こうでもしねぇと止まらねぇだろ」
「だからってわざわざ十字架トラップなんて酷い」


思い出しただけで鳥肌立ってきた!と悪寒を覚えたは自らを抱きしめるように腕をさすった。


「貴方って結構私を粗雑に扱いますわよね」
「お前自身が粗雑に扱うからだろ。それよりマシだ」
「見た目だけね!」


今だ不貞腐れローの顔も見ようとしないの隣に彼は腰を預ける。
そうすればジリジリと少しずつ彼女は距離を取りだし、膝を抱え込みつつ彼の手の内を睨みつける。
そこで彼は十字架のネックレスを持ったままだった事に気づき、それを机へと放射線状に放り投げた。
しかし相変わらずは距離をとったままでローとは顔も露骨に合わせないままだった。


「わざわざお前が危険を冒してまで相手するほどの奴らじゃねぇ」
「わざわざ私って言われるほど高尚になった覚えはないわよ」



ソファの端まで詰め寄っていたに、ローは両腕で彼女を挟み込む様にして見下ろした。そこでようやくは彼の顔に目を向け、その目に飛び込んだ悲痛さが見え隠れする彼の珍しい表情に、はほんの少し目を見開いた。


「分かれ。……分かってくれ。分かって、欲しい」
「…そんな風に言われたら、聞き入れるしかなくなるじゃない」


ずるいわ。と呟いてはローの首に腕を回し、ぎゅっと密着するように抱きしめた。



拗ねるもやむなし




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