夜の潜水艇の船首に、小さく歌声が響き渡る。けして誰かに聞かせるための歌ではなく、思いのまま、ただ口ずさむだけの歌。
不意にそのソプラノでフワリと包み込むような歌声がピタッと止まり、歌声を発していた彼女はクルリと後ろを振り返る。彼女の被っていた毛布がフワリと一瞬広がった。
「決して上手くはねぇよな」
「お黙り。これでよく眠ったちびっこ達のうちの一人に言われたくなくてよ」
「下手とは言ってねぇ」
「下手な慰めをどうもありがと。殴って上げるから歯を食いしばりなさい」
いきり立つを相手せず、ローは彼女の隣まで来ると、欄干に背を預ける形でドサリと腰を下ろした。
は欄干に頬杖をついて彼を見下ろす。
「寝むれないの?」
「こっちのセリフだ」
「私は月が綺麗だから見てただけ」
「おれも月が綺麗だから見に来ただけだ」
「嘘仰い」
「お前も嘘だろ」
言葉をほとんどそのまま返されるだけの返事に、むう、と顔を顰める。進まない話にはわざとらしくため息を一つ吐き、ローの隣へと寄り添う様に腰掛け、自分のかぶっていた毛布の半分を彼にかける。
「お前の歌声が聞こえたから来ただけだ」
「え、そんな大声で歌ってないわよ。聞かれたくないし」
「あぁ、それでも聞こえた」
「甲板じゃ歌えないわね…」
若干顔を赤らめたは自らの膝に顔を埋めた。そんな彼女の頭にローが手をポンと乗せれば、はローにすこしもたれかかった。
「何か良い事でもあったか?」
「そうね。急に歌いたくなる程度には…。夢を見たわ」
「ほう」
「小さい頃のローに囲まれて歌って、ってせがまれてる夢」
「……それの何処が良い夢だ」
「ふふ。正しくはローに似てる、ね。きっと将来の夢でしてよ」
「成る程」
膝に頭を乗せたまま、ローへと顔を向けた彼女は、夢か、はたまた未来に思いを馳せる頬を緩ませている。
ローは乗せたままだった手で彼女の髪を撫でる。
「何人いた?」
「男女合わせて六人だったかしら」
「なら正夢にするには六人は必要だな」
「寝付かせるのが大変そうね」
「お前なら大丈夫だろ」
「何そのよく分からない信頼は」
そのまま彼らのいつかくる未来を夜更けまで語り続け、どちらともなく眠りにつき、翌日彼らを発見した船員達を驚かせるのだった。
いつも隣で微笑む横顔
前|目次|次