本日も順調に次の島へ向けての航海を続けていたハートの海賊団だったが、突如前方に現れた霧に一度その足を止める事となった。
「特に人工的とか、怪しい物ではなさそうです。まあこの海でそれが当てになるかは別として」
「迂回するにも何処まで続いてるやら」
「指針はこの向こうを指したままです」
「突っ込めばいいじゃない」
「いやそれなら潜るって…」
甲板にて足止めの原因の霧を眺めながら、各々報告と意見を述べる。
しかし最終判断をする船長は船首にて霧を睨みつけるばかりだった。
「船長ぉ、何か気になるんすか?」
「…嫌な気配がしやがる」
「ならやっぱ潜りましょう……あれ、こっち来てねぇか?」
誰もが風向きが此方に吹いていないので油断していた。気づいた時にはすでに遅く、ハートの海賊団の潜水艇はロー曰く嫌な気配のする霧に包まれていた。
「何にも見えないわね」
そうが呟けど、返事をする者は誰一人としていなかった。よほど濃い霧に包まれているのか、先ほどまでの隣にいた、シャチやペンギンの姿すら彼女は見つけることができなかった。
「ローが言う通り嫌な霧ね…。皆大丈夫かしら」
『心配なんてしてないくせに』
突如後ろから聞こえた、聞き覚えの非常にあるような、それでいて初めて聞くような声に、は即座に振り返った。そして彼女の目に入った物は、喪服のような真っ黒なワンピースを纏い、銀糸の様な長い髪をした、絶世の美人だった。
「どういう事かしら、これ…」
『貴方の感情と言葉は全部偽りよ。本当は気にもなっていないわ。何もかもがどうでもいいの』
「……」
『人間の感情を模して表しているだけ。だから大げさになるし、それでいて薄っぺらいの。とても薄情。本当の貴方には何もないわ』
は口を挟まず、ただ己と同じ姿で同じ声を発するそれを、静かに睨みつけた。
『彼にだってそう。愛や恋を囁いて、食糧を確保しているだけ。自分の向かいたい場所へ連れて行かせるためのただの道具』
「…っ」
『ただの仲間ごっこと恋愛ごっこ。本当は誰一人として、必要となんてしていないわ』
「…………」
『否定できないでしょう?本心に嘘はつけないでしょう?』
「そうね」
呟いてから目を伏せ、自らを抱え込むように自分の腕を掴んだ。
「貴女の言う通り私は薄情よ。言葉に重みがなければ人に執着もしない」
『その上気位の高いだけの面倒な女』
「それでも、私に懐いてくれたローを見て、随分変わったわ」
『変わったフリをしているだけ。根本は決して変わらないわ』
「まあ、何にしても」
自らの腕を掴んでいた腕を下ろすと、はもう一度目の前の自分と瓜二つの女を睨みつけ、勢い良く突進すると手刀を彼女の胸に勢いを殺さず尽きたてた。
「貴女がうっとおしいことに変わりはないわ。…と、逃げた?」
彼女の手は何も貫くことはなくただ空を切っただけだった。その手をブンブンと振りながら、辺りを見渡すが相変わらず霧が漂うだけだった。しかし先ほどまでより幾分か薄れている。
それから数秒のうちに霧は完全に消えてなくなった。
「何だったのかしら、あれ」
「、無事か?」
甲板にいた船員たちがお互いの無事を確認しているなか、彼女に駆け寄ってきたローに目を向け、はいつもの様に縁然と、それでいて自身に満ちた笑みを浮かべてみせた。
「私がたかが霧くらいでどうこうなると思いまして?」
「…余計な心配だったな」
「ちょっと五十年前くらいの自分に会った気がして多少落ち込んだけど…」
「…?」
ふっと自嘲の笑みを浮かべたに訝しげなローだったが、に言及する事はしなかった。
「あ、ねぇロー。これ知っているかしら?」
「何だ?」
「吸血鬼って霧になれるのよ」
「…まさか」
「なくなった今確認のしようはないけどね…。それに他人に変身までできるって話は聞いたことないし……」
未知との出会い
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