ほど何を考えているか分からない者などこの世にはいない。
今でもそう思う事が多々あるのだから、当時はなおのことだった。


いつもどんな感情でもおおっぴらにしているはずなのに、その奥の真意までは掴めない。これならばいっそ、感情や野心をひた隠そうとしている相手の方が、いっそ真意は見破り易い。

考えが見えない。相手に決して隙を見せない。そして、逆に彼女はやり方は強引な時もあるが、相手の思いを引き出させるのが上手かった。

だからこそ彼女は大人だった。そしてだからこそ、自分は子どもだった。

彼女をそうさせるに至った時間。埋めようのないその時間の差は、それだけ彼女と自分との距離と思えた。


どうすれば対等に向き合えることが出来るのか、どうすれば対等だと思わせる事が出来るのか。
どうすれば自分の想いは本物だと思わせる事が出来るのか。

答えの出ない疑問だけが頭の中を木霊する。

そうして苛立ちが募る自分に、また大人になりきれないのだと思い知らされ嫌悪する。

自分のモノになれと言って承諾させ、海へ連れ出しても、結局何も変わりはしなかった。
表面上一定のラインを少し超えて親しく振舞って来ても、完全に壁を取り去ることはしない。これが分かるのはきっと長年の付き合いがある自分だけだろう。危うく騙されかけるそんな自然な振る舞いだった。
海に出たいがための、ただの方便だったのか。そう思わざるを得なかった。


そして、大人になりきれないからこそ、現場で満足できるはずがない。


目の前にいる彼女は何も知らない。自分がどれだけ彼女のことで想い悩まされているかを。いっそ憎らしいと感じた。
感じてしまったのが事の発端だった。




船室の壁にドンという音をたて、を自分と壁の間に挟み込めば、彼女はほんの少し驚いた顔を見せたが、すぐに呆れ顏へと変貌させた。


「どうしたというの急に」
「お前が気に入らねぇ」
「あらそう。私は結構好きよ?貴方の事」
「そういう態度が気に入らないと言っている…!」


そう声を荒げれば、は仕方が無いといった風に困った笑みを浮かべてみせた。まるで反抗期の子どもをどう宥めようか迷っている親のような反応だった。
おれの欲しいのはそんな反応ではない。


「お前は…!…お前は、現状を理解するべきだ。おれ以外に誰がお前と寄り添える?」
「きっと貴方以上に私を理解してくれる人はいないでしょうね。でも貴方はそれだけが理由でよろしくて?」
「…っ」
「落ち着きなさいな」


追い詰められている状況のはずの彼女は、何事もなかったかのように、おれの背中に腕を回し、宥めるようにポンポンと数度優しく軽く叩いてみせた。
彼女の行動に落ち着こうとするからだと、繰り返される子供扱いに苛立つ心が不協和音を奏でる。


「ごめんなさい。気づいていたのね」
「当たり前だろ」
「それでも、貴方は私にとって、ちゃんと特別なのよ?それこそ、余生は貴方の子孫を見守るのに使って良いと思えるくらい」
「どうせなら一緒に死ねるくらいの方が良かった」
「貴方私の首を能力なしにはねれまして?」
「………」
「ねぇロー。もう少し周りを見て見なくて?女は星の数ほどいるのだから。それでも、私が良いと思えたなら、私の元においでなさいな。私はいつまでも変わらないのだから」


その言葉で、彼女は本当に自分に親愛の情しかないのだと、まざまざと思い知らされた。
そして何も変わらない彼女の中では、自分はまだ出会った頃の何も知らないガキのままなのだ。


「いつまで、おれを子供扱いすれば気が済む……!」


唸るように口から出た言葉は取り繕いもしないただの本音だった。


「…違うわ」


胸元から聞こえた普段より数段硬い彼女の声に、一瞬誰のモノか理解できずたじろいだ。
今だ背中に腕を回す彼女の顔は伺う事ができない。


「貴方は、いつまで私を親扱い…ううん、大人扱いするの?ロー…」


そう囁いたは腕を離すと、一度もこちらに顔を向けずに颯爽と去って行った。


唖然としてその場を暫く動く事が出来ずにいた。
きっとあの言葉が、初めて聞いた彼女の真意だった。それはとても単純なことだった。自分自身が対等と思うことができていないのに、相手にそれを求める事が、そもそもの間違いだったのだ。

対等を求めているのは、自分よりもむしろ、彼女の方だった。気づいてしまえば自嘲せざるを得なかった。


年功序列など関係ない。自分が、彼女を引っ張らなければ。男として、人の世に生きるには制限の多い彼女を守れるように。頼られるように。
その時に初めて、ようやくスタートラインに立てる。


相変わらずが何を考えているかは分からない。それでも、こちらのなんの裏もない本音と引き換えに得た、彼女の心のほんの一端に、自分が何をすべきかを、微かだが掴めたような気がした。




想いに触れる第一歩




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