夜の帳が下り、すっかり真っ暗になった深夜の潜水艇。不寝番以外の船員は寝静まり、静寂が船内を包む。
船長室では部屋の主のローが、本をパラパラとめくる音が度々響いていたが、不意にドアを小さくノックする音が三回したことに、彼は手を止め、本に向けていた目をドアへと向けた。


「ロー…起きていまして?」
「あぁ」
「入るわよ」


許可を求めない聞き方をしたは、言葉とは裏腹に控えめに恐る恐るといった風に、ゆっくりとドアを開け、部屋へと足を踏み入れた。


「随分しおらしいな。天変地異の前触れか?」
「そうかもね」


珍しく否定も皮肉含まない返事と、ほんの少し悲しげに微笑んでいるを見て、どうすべきか一瞬悩んだローだったが、いつまでもドアの前から動かない彼女を、とりあえずソファに座る自分の元へと促した。
ローの隣へと腰掛けたは、たただ大人しく彼へと身を寄せた。

そうしてしばらくの沈黙の後、がぽそりと口を開いた。


「なにも聞かないのね」
「お前が自分から言わない事を無理に言わせたとして、馬鹿みたいに後悔させることになるのは、分かり切ってるからな。おまけに三日は口を利かなくなる」
「…よくご存知だこと」
「隣にいて欲しいのがおれなら、それでいい」
「ふふ…そんなこと言うなんて、天変地異の前触れね」
「そうかもな」


幾分も落ち着き、しひとしきり小さく笑い合ったところで、はローの頬にそっと手を添えた。
ローもその手に自らの手を添える事で応える。


「ずっと貴方の隣に居続けるのは無理だって分かってる」
「明らかに寿命が違うからな」
「それでもまあ、操くらい立てて上げましてよ」
「…そいつは光栄だ」
「うん、もう大丈夫。ありがとう」


すっくと立ち上がったは、入った時とは全く違う、普段通り堂々として、それでいて優雅にドアへと歩いて見せた。そして去り際に、


「お休みなさい。良い夢を」


とだけ残し、部屋から去っていった。
しばらくドアを見つめていたローは、先ほどまで読んでいた本と、ベッドを見比べ、一つため息を落としてから、ベッドへと身を委ねた。



いつか別れる日が来ても




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