ハートの海賊団の船長室には、大抵の場合その部屋を自室としている、この船の船長であるローと、彼の側近であるの二人が居る。
にも私室は設けられてはいるものの、ほぼ寝に帰るだけの寝室と化しているため、ベッド以外の家具はクローゼットくらいしかない。
そして今日もいつもと変わらず、二人の空間を共有している、日常の風景がそこにはあった。
ベッドを我が物顔で占領していただったが、ソファに腰掛け、医学書に目を通すローを見やった。正しくは、その手に持つハードカバーの本に。
「よくまあそんな難しい本、毎日読んでられるわね」
ポツリとこぼしたの独り言に、ローは本に向けていた目を彼女へと移した。そしてニヤリと得意の不敵な笑みを浮かべ、粗雑な扱いで本を机へと放ると、がうつ伏せになって横たわるベッドの端に腰を下ろした。
「構って欲しかったか。それは気づかなくて悪かったな」
「盛大な勘違いでしてよ」
横たわったまま、ローを見上げて睨むに、ローは宥めるように、頭をポンと撫で、そのまま銀糸の様な髪をすくように撫で始めた。
されるままに撫でられながら、は急に睨んでいた目を弓なりに一変させ、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「せっかくだから構ってもらおうかしら」
「……何だ」
「何か物語を読んで。拒否は認めなくてよ?」
ローの読む本は殆どが医学の専門書であり、この船に積まれている本はそれが大半である。物語の本などないに等しい。
さぁ、どう出る。と、は意地の悪そうな笑みをさらに深めローを見つめた。
「昔、グランドラインのある島に」
「…自作?」
「という女がいた」
「題材私!?」
「壮絶な紆余曲折を経て、今では海賊になった彼女は」
「私の長い人生の大半、壮絶な紆余曲折だけで終わらせないでよ」
「今俺の隣にいる」
「そうね」
そこまで話したところで、ローはの頭を撫でていた手を止め、慣れた動作で、その手を彼女の頬に添えて、その顔に自らの顔を、互いの息づかいが分かるほどに近づけた。
「お前の物語はそれからどうなると思う?」
「そうね…」
言葉とは裏腹に、考える素振りもなく、は仰向けになるとするりと、こちらも慣れた動作でローの首に腕を絡ませた。
「貴方に幸せにしてもらってハッピーエンド。そんなベタな展開をご所望よ」
縁然と微笑んでそう言えば、の答えに満足したのか、ローも不敵な笑みを深めてみせた。
「物語を読んではないけれど、まあ合格ってことにしておきましょう」
「そいつはどうも」
「私の物語はそれでいいとして、貴方の物語は?」
「そうだな…」
こちらも言葉とは裏腹に、考える素振りもなく、の頬に口づけを落としてから、彼女の耳に唇を近づけた。
「望みを全て叶えて、お前に看取られて大団円、だ」
息づかいがハッキリと分かる距離で、吐息と共に耳に届いた言葉に、は困った様な笑みを返し、彼の頬に口づけを落とした。
囁く距離の幸福論
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