バン!という大きな音と共に、船長室の扉が開け放たれた。
開け放った張本人であるは、珍しく真剣な顔をみせ、室内にいたローは開け放たれた扉と開け放ったをそれは怪訝そうに見やった。


「料理をします!」


前振りもなく、開口一番にから言い放たれた言葉に、ローは珍しくもその顔を引きつらせた。
腰を預けていたソファから立ち上がると、扉を開け放ったまま動かないの目の前に早足で近づき、彼女の肩をがっしりと掴み詰め寄った。


「何が不満だ?」
「その反応おかしくなくて?まあ、あえて言うならその反応が不満かしら」

は彼女の肩を掴むローの手を軽く払い、室内に足を踏み入れた。そして先ほどまでローが座っていたソファに腰を下ろし、悠然と腕と足を組んだ。その姿はまさに尊大という言葉を体現したような様だったが、彼女にはそれが嫌味にはならず、それこそが彼女に一番似合う座り方の様に映る。
閉じた扉にもたれかかり、ローはソファにふんぞりかえるをため息を吐きながら見やった。


「ふと思い至ったのよ」
「至るな」
「早々に結論を出すのではなくてよ。それで、私だっていつかは家庭をもつ身なのよ。料理くらい出来なくてはいけないわ、と思い至ったのよ」
「ほう、つまりおれの為か」
「貴方だけではないけれど。兎に角今のうちに練習しようと思ったわけよ」
「すりゃいいだろ。食糧無駄にならねぇ程度に」
「そうね、料理をしますじゃないわ。しました、だわ」
「………」


無言のまま船長室から退場しようとしたローを、は分かっていたとばかりにソファから飛び上がり、その勢いのままローの腕へと飛び付いき、彼女より頭一つ半ほど背の高い彼の顔を見上げにらんだ。


「分かってる、分かっていてよ自分の料理の壊滅的な腕くらい!」
「開き直るな」
「それでも感想がある方が腕も上がるのではなくて?」
「それ以前の問題だ!」


思わず怒鳴ったローに対し、いくらなんでも酷いじゃない。と蚊の鳴くような声で呻いたは、その瞳に今にもこぼれ落ちそうな大粒の涙を溜めた。
もちろんわざとではあるが、ローはそれに気づいている。そしても気づいている事に気づいている。
両者ともに無言のまま暫く見つめあっていたが、本気ではないとはいえ、涙を溜めた女の顔が真近くにあるため、幾分ローの方が分が悪かった。
諦めたかの様に額に手を当て、大くため息を吐いた。


「……………持ってこい」
「一分ほど待っていて!」

先ほどまでの涙は何処へやら、晴れやかな笑みをその顔にたたえ、はパタパタと早足で食堂へと向かった。
そんな彼女を見送りながら、このあとに待ち受ける地獄を想像し、頭を痛めながら、ローは自室でもある船長室への扉を開けた。



逃げる術などありはせず


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