「いつだって自分の思う通りになるとでも思って?いつか痛い目に合えばいいわ!」
「傲慢な上に力ずくなお前にだけは言われたくねぇよ」
船長の私室から聞こえる喧騒が船内に響き渡る。女の荒げた声のみならず、男の冷静を装うような声さえも響き渡っていことから、実際には随分と声を荒げているのが分かる。
食堂のカウンターにて隣り合って座っていたペンギンとシャチは、今だ続くローとの言い合いを聞きながら、「またか…」と呟き大きな溜め息を吐いた。
「今度はいったい何が原因だろうな」
「どうせまたおれ達には理解出来ない事だろうよ」
「もこういう時と、甘やかす時の差が激しいよなぁ」
「こっちとしては常に後者であって欲しいもんだが…」
そうして降りたった沈黙により、再度鮮明に聞こえ出した喧騒に、もう一度はぁ、と二人同時に溜め息を吐いた。
「実害がなけりゃこれでもいいんだがな」
「この前は壁に拳の形がきっちり分かる穴が空いてたってよ」
「の馬鹿力か…」
「形が分かるってどんなスピードで叩き込んでんだ…。直す方の身にもなれってんだよな」
「食堂のドアが半壊してるのも珍しくもないしな…あいつのものに当たる癖はどうにかならないのか」
ペンギンがそうぼやいた瞬間、ドゴォ!と、いかにも何が豪快に壊れた轟音が船内に轟いた。
敵船の襲撃かと疑う鈍感な者は、このタイミングでは流石にハートの海賊団の船員には皆無だった。
ペンギンとシャチは引きつった顔を見合わせた。
「知ってるか?こういうの俗にフラグ回収って言うんだってよ…」
「なんだそりゃ…」
「言ったそばからそれだ」
「こうでもしないと、貴方の血を飲み干してしまいそうなのですもの。ごめんあそばせ!」
その叫び声を最後に彼らの言い合いはピタリと止まり、変わりにドスドスと不機嫌を隠しきれない、荒々しい足音が廊下に反響した。
その足音が次第に大きくなり、食堂に彼女が近づいて来るのを察知したペンギンとシャチは、慌てて食堂のドアを開け放った。言わずもながが勢いに任せ、ドアを半壊させるのを防ぐためである。
予想通り、不機嫌にその整った顔を顰めたが食堂へと現れ、相変わらずの荒々しい足音を食堂に響かせ、ドサリとカウンターの椅子へと腰を下ろす。
そうして勢いよく体を突っ伏した。
「ど、どうした、…?」
ドア付近にて固まっていたペンギンが、恐る恐る声をかける。
「いつのもことよ。気にするほどの事ではなくてよ」
その「いつもの気にするほどの事ではない」喧嘩に振り回される身にもなれ、という言葉は口には出さず飲み込んだ。
「それでも…、私が大人気ないのかしら…」
蚊の鳴くような声で、ポツリと零された彼女らしからぬ言葉に、聞き間違いかと、ペンギンとシャチはまたしても顔を見合わせた。
「大人気ない…?」
「私の方が随分と年上ですもの。ある程度で折れてやるものよ本来なら。でもそうすれば子供扱いしている事になるもの、失敬だわ。でもある程度甘やかしてやりたいものよ」
「そんなこと考えてたのか」
「色々考えてるわよ。でも彼に勝てるほどの皮肉のボキャブラリーもないし、元々の気の短さからこう…手が…」
「あぁ…」
分かってるなら手を出す前に、とりあえず折れてくれりゃいいのに。と心中で同じ事を考えた二人だったが、やはり言葉は飲み込まれた。
珍しくも心中を吐露する気を起こしている彼女を真ん中にして、シャチとペンギンは、再びカウンターに腰を下ろした。
「別にそんなに考え過ぎる事もねぇだろ。そんな風に接しても船長は喜ばねぇよ」
「あら、頭が切れるように見えてそうでもないのね。女が考えと打算なしに男と会話する事なんて、そうなくてよ?」
カウンターから頭を少し浮かせたは、ペンギンに向かって意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべて見せた。そしてすぐにまた突っ伏した。
顔を引きつらせ「そうなのか…!?」と呟いたペンギンをよそに、の話は続く。
「私の話を論破して楽しむ分には良いわよ別に。だからってあんなに怒りを雰囲気に露わにすることなくて?感化されてしまうわ」
「それだ!」
「?」
「船長っておれ達には、苛立ったり無言の圧力かけたりするけど、分かりやすく怒るってことしねぇんだ。それだけに甘えてるって事だろ」
良い言葉が見つかったとばかりにシャチは胸を張り、ペンギンは「そうだそれだ!」と囃し立てる。
にも思うところがあったらしく、カウンターに突っ伏した顔をゆっくりと上げた。
「そう…ね、そう思うことにするわ」
そう言ってふっと微笑んだ。
「それで、なんで喧嘩したんだ?」
「…何だったかしら?」
「おいおいおい…」
悩む船員いざしらず
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