しとしとと柔らかく降り注ぐ雨のなか、誰もいない船尾には雨音だけが小さく鳴り響く。欄干に腰掛けたは、普段外にいる時は必ずかぶっている、いかにも高級そうなツバの広い帽子をかぶらず、優しく降り注ぐ雨をただただその身に受けていた。

「良い加減中に入れ」

背後から聞こえた中低音の声は、振り返らずともローの声であると、すぐに察する事が出来た。

「こんな天気でもないと空を拝めないですもの」
「偉大なる航路の天候は気まぐれだ。雲が突然なくなればどうするつもりだ」
「分かりきった説明をどうもありがと…」


諦めの色が滲み出る溜め息を吐いた後、はのろのろと欄干から降り立った。

そこではじめて視界に入った彼は、の帽子を手にしていた。ローはの真横まで来ると、ポスッと彼女の頭にそのツバの広い帽子をかぶせた。

「こんな身体になってから何年経っても、太陽が見たいと思ってしまうなんて、自分でも情けないわ」

かぶせられた状態、俯き加減のまま、自らを嘲る様に鼻で笑いながら呟いた。


「望んで吸血鬼になった訳じゃないなら、しかたねぇよ」
「そうかしら」
「しかたねぇ、が」
「?」


せっかくかぶせたばかりのの帽子を取り、俯き加減だったの顎を取って、上を向かせて彼女の瞳を覗き込む。覗き込む彼は、傲慢な笑みとも、静かに激しい怒りとも、あるいは酷く傷ついたようにも見える、何とも複雑な表情をしていた。

が渇望するのはおれだけで充分のはずだ」

一瞬ギョッとした風貌を見せただが、すぐさま眉をハの字にしてクスクスと笑い出す。


「そんな事口にするなんて珍しい。これからきっと嵐が来るわね」
「はぐらかすな」
「あら、また珍しい。いったいどうしたというの?」


まるでタダをこねる子供を諭す様に、フワリと慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、はローの頬にそっと触れる。そしてもう片方の手は顎に添えられている彼の手を取りやんわりと顎から離すと、自分の胸の前でキュッと握った。

「何か余裕がなくなる事でもあった?」
「ねぇよ。ただ…」
「ただ?」
「空を求めるお前は、死にたがっている様に見える」

ローの言葉に一層笑みを深めたは、両手をパッと外すと、飛び込む様に彼に抱きついた。
突然の事にも、ローは少しタタラを踏みはしたがキチンと彼女を受け止めた。


「そうやって少し淋しそうにしている時ほど、貴方が愛おしいと思う時はないわ」
「趣味がわりぃぞ…」
「貴方に言われたくないわ。大丈夫、貴方より先に死んでやる予定はないですもの。長生きして良かったと、今は思っているわ。ローに会えたのだもの」
「…そうか」
「ふふ、こういう貴方が見れるなら、太陽が見れなくても私は大丈夫」
「普段じゃ満足出来ねぇか。贅沢なややつだ」
「たまにだから映えるのでしょう?」
「もう黙れ」

の口を塞ぐため、ローは彼女の後頭部の髪に指を入れ、自らの胸板に押し付けた。




見つめる先にあなたがいれば


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