街一番の大きな、と言えども街の規模同等の、たいした大きさではない酒場に、ハートの海賊団の男衆は集まり、酒を堪能していた。
紅一点であるはというと、「いかにも男しかいなさそうなむさ苦しい場所に何故私が行くと思って?」と彼女を誘ったペンギンに、それはそれは冷ややかな眼差しを送り断ってた。

馬鹿騒ぎをする船員もいる中、ローはその輪から外れ、一人カウンターに座り、高くはないが値段の割に良い味のするラム酒を味わっていた。

不意に左隣の椅子がガタ、と音を立てた。
チラリと視界にいれてみれば、顔の整った線の細い、見覚えのない女が腰掛けた。
美人というよりは、可愛らしい、という方が似合う。と頭の端で考え、何事もなかったかの様にまた酒を煽った。

「今はお一人なんですね」

鈴の転がる様な愛らしい声がローの耳に入る。
カウンターには彼女とローしか座っていない。必然的に話しかけられたのは自分か、と半ば他人ごとの様に感じながら、隣の女を見れば微笑んだ可愛らしい顔と目がカチリと合った。

「船乗りの、旅の方ですか?」
「あぁ」
「良い街でしょう、ここは」
「まぁ、そうだな」

生返事ではあるが、無視をすることもなかったからか、女がは気を良くしさらに笑みを深めた。

「さっきは真っ黒な服を着た女の人といましたよね」
「あぁ」
「貴方の彼女?」
「不躾な女は好きじゃねぇ」
「ふふ、そうねごめんなさい」

クスクスと笑いながら、女はほっそりとした手を、そっとローの左腕に添えた。


「他の女なんてどうでもよかったわね」
「喰われるぞ」
「遠目からしか見てないけど、見た目と違って随分野蛮なのね。私は違うわ」
「見た目のわりに大胆だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」

手を振り払われる事もなかったことを、脈ありと感じたのだろう。いつの間にか、女の言葉は砕け、明らかな誘いの言葉を口にする。
自信たっぷりといった女の顔を見て、無表情だった彼の顔に、ニヤリと性悪そうな笑みが浮かんだ。


「悪くねぇ」
「それなら…」


その時バンと、酒場の出入り口の開く音がした。そしてハートの海賊団の船員たちが「」と、先ほどまでローと女の会話に出てきた、真っ黒な服を着たその人がそこにいた。


「お前来ないんじゃなかったのか?」


出入り口付近の席に腰を下ろしていたシャチがに声をかければ、いかにも不機嫌、と言った面持ちでシャチを睨んだ。

「来たくなかったわよ!それでもちょとロー…に…」


まるでカウンターにいる事を初めから知っていたように、真っ先にそこに目を向けたは、大きな切れ長の目を更に大きく見開き、その場にピタリと固まってしまった。

それを見た女は、添えているだけだった手を、ローの腕に絡ませ、勝ち誇ったかのように微笑んだ。

はっと気を取り戻したは店内に入った時より一層不機嫌な表情を隠そうともせず、早足にカウンターへと近づいた。
二人の真近くまで来ると、キッとローを睨みつけてから、隣の女に向き直った。
その時には先ほどまでとは全く違う、非の打ち所のない完璧な笑顔がそこにはあったことに、女は思わすたじろいだ。

「ダメよ、お嬢さん」
「そ、それは彼が決める事じゃないかしら?」
「貴方の泣き顔は見たくないわ」

そう言って女の手を優しく取ってからキュッと握り、熱っぽい瞳で女を見つめる。

「悪い男に騙されてはダメよ。その点私なら大丈夫。さぁ可愛いお嬢さん、私に身を任せて。おいでなさい」

その言葉と同時にのアメジストの瞳がガーネットのような色を持ち、鈍い光を放つ。

「えぇ、そう、そうね…」

そう言ってに導かれるまま立ち上がり、彼女に寄り添った。
は満足気に彼女に微笑見かけた後、ローにニヤリと笑ってみせた。


「色魔」
「女に使う言葉ではなくてよ。じゃあね」

ヒラヒラと手を振って女を伴ったは酒場を後にした。

「あいつ…何しに来たんでしょうね」

女二人がいなくなったのを見計らい、ジョッキを片手に持って現れたペンギンが、ローの隣に佇んだ。

「さあな」
「船長、あの女がの好みだから追い払わなかったんじゃないですか?」
「知らぬうちに、おれが与えたもので喰いつないでる。こんな面白いことはねぇだろ?」
「あー…」

そういう事か。と呟いたペンギンはラム酒を一口喉に通した。


「にしても、嫉妬のカケラも見せない何てホントに船長が好きなのか疑いた、…」

酔っているとはいえど、さすがの自分の失言に慌てて彼は口を噤んだ。しかしローはとくに気にした様子もなく、酒を堪能している。


「分からねぇか?」
「え?」
「毎回毎回、おれに言い寄る女は全てあいつが取っていく。これを嫉妬と言わず何と言う?」
「あんたたちホントお似合いだよ…」

当の本人たちでなければ分かり難すぎる恋愛事情と愛情表現に、ペンギンは乾いた笑いを送り、いっきに酒を煽った。
ローも満足そうに見えて、どこか複雑そうな笑みを浮かべながら、また酒を堪能しはじめた。


君を想うが故




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