ハートの海賊団にとって久方振りの上陸だった。
ログを辿り巡り付いたその島は、食料燃料も共に豊富であり、治安も良好。しかし海軍の駐屯所はたいして大きくはなく、変わりに自警団が主体となり、海賊は略奪行為その他犯罪行為を行わなければ、海軍に通報することはない、といった組織であった。そしてログも数時間で溜まるような、住人にとっても通り過ぎるだけの海賊にとっても居心地のいい島だった。

上陸した時間が夕暮れ間際だったこともあり、ハートの海賊団は一晩停泊する事となった。物資調達もこの時間に済ませるよりも、明朝の方が良いものが揃うだろうということで、船番以外の船員は皆、騒ぎを起こさなければ明日の朝まで、思うように過ごしてよしという、船長のお許しが出た。

もこの島の女と知り合おうと嬉々として下船しようとした時だった。

「お前はおれに付き合え」

横暴なその言葉を吐いたのは当然のようにこの船の船長だった。
は露骨に顔を顰めたが、たいして意味をなさず、素知らぬフリを決め込まれ、結局二人は島での行動を共にする事となる。
しかしいざどこに行くのかと問うてみれば、

「ただの行き当たりばったりの観光だ」

という答えが返ってきた事には、彼女もほとほと呆れてしまった。


そこは大きくもない島の小さな街だった。歩いてまわって一時間程度で街全てが見て回れるほどの大きさだ。
とローが訪れたのは、その街の中心に位置する露店街だった。食料から雑貨まで様々なバラエティにとんだ露店が立ち並んでいる。
ローの隣を歩きながら、さして興味なさげに露店街を眺めていただったが、ふとある事に気づく。

「土地神信仰が厚い街なのね」
「なんだ急に」
「あらこんなに露骨なのに気づかなくて?」
「生憎宗教には興味がねぇ」
「嫌味に反応しないってよっぽど興味ないのね…。どこの露店も軒先に同じモチーフの飾りがされてる。きっと魔除けなのね」


の言葉を聞いてローは露店の軒先を数件ざっと見渡した。そうすれば彼女の言う通り、何か動物のようなモチーフの施された、棒状の風鈴を少し大きくしたような、吊るし型の飾りが、どの店にも飾られていた。

「十字架じゃなくて良かったじゃねぇか」
「それもそうね」

吸血鬼であるにとっては、十字架や大蒜などを極度に近づけると、失神してしまう。しかし他の退魔の道具は彼女に効果を示さない。それでも多少は不快になるらしい。それらを見てあまり良い顔はしない。

「それにアクセサリー系統の御守りの類も多いみたい。名産品なのかしら」
「…悪魔の一種のわりに詳しいな」
「どこまでが危険か知る必要があったもの。不可抗力よ」

そこでふとローが思い至ったかのように、いつもの不敵な笑みを浮かべ、の顔を覗き込んだ。

「買ってやろうか?」
「よくもまあ…。気持ちだけで結構よ」
「遠慮するな」
「どうせなら街で一番高いホテル一泊とか、私が喜ぶ物をプレゼントなさいな」
「そうか、なら行くか」

思いもしなかった降ってきた言葉に、は一瞬キョトンとして、自分の顔を覗き込むローを見上げた。そうすればいかにもしたり顔、という言葉がよく似合う表情がその顔には浮かべられていた。
嫌味にしか聞こえないはじめの言葉は、彼女の要望を引き出す為の布石だった。こう切り出せばどうが切り替えすかを熟知している。それに加え、受動的な行為を嫌うは、何が欲しいと聞いても答えない、ということも彼は理解している。それに気づいたは、堪えきれなくなったかのように、ふっと吹き出した。

「貴方も私も、相当ひねてるわよね」
「何の話しだ」
「はいはい、何でもないわよ」

照れ隠しか少し早足での先を歩き出したローに、も足取り軽く彼の一歩後に続いた。


願うはただ貴方だけに



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