雲一つ見当たらない晴れ渡る空と、船一つ見当たらない青い海。
船先の欄干に頬杖を付きながら、はあたり一面に広がる青を、ただぼんやりと眺めていた。
その一面の青の中、白いモコモコがチラリと彼女の視界に映る。それだけで確認せずとも、二足歩行の喋るクマ、ベポが隣りに並んだことが分かった。

「何か見えるの?」
「空と海が見えてよ。ベポは?」
「空と海が見えるよ」


当たり前の答えを出し合った二人は、クスリと笑い合った。


「早く着かないかしら」
「次の島?」
「そう、ねぇ…」
「違うの?」
「あら、ベポには話してなかったかしら?私の旅の目的」
「聞いてなくてすいません…」
「そこで謝られると調子狂うわね…」

は困ったかのように眉をハの字にして苦笑した。
そして頬杖をついていた腕を欄干から離し、クルリと体を回して、欄干に背を軽くもたれかけさせた。それに習いベポも欄干から手を離して、と同じ方向を向いた。
すると丁度船首へとやって来た、シャチとペンギンが二人の目に入る。


「よう」
「お二人さん、サボりか?」
「おれは今の時間仕事ないよ」
「私もよ。貴方と一緒にされるなんて、今すぐなりふり構わず絶叫しながら海に飛び込みたくなるから、おやめなさいシャチ」
「そこまで言うか!?」


凍てつくような、感情のこもらない瞳をに向けられたシャチは、ショックを隠しきれない様子で、慌てふためいた。
そんな共にやって来た彼をよそに、ペンギンが口を開く。

「それで、何してたんだ?」
「ただ雑談していただけよ」
「そうだよ…、そうだ!それでの旅の目的って何なの?」


ベポの質問に興味を惹かれたシャチは落ち着きを取り戻し、を見やる。ペンギンも同じく興味を持ったようにに視線を合わせたので、彼女は一斉に三人の視線を浴びる事となる。
そんなに聞かせるほどの大層な話ではないのに、と心中で呟き、ため息を一つ吐いた。

「故郷に戻りたいの。だからローに付いて来たのよ」
「なっ…!」
「…て、ことは」
故郷の島に着いたら、船降りちゃうの!?」
「そのつもりよ。そういう約束で私はローに付いて来たのだもの」
「ええええええぇぇぇええ!!?」


二人と一匹の見事なまで揃った叫び声は、船首のみならず船内にまで響き渡った。

「まぁ、今でも人が住める状態なら、の話しだけれど」
「そ、そうか…!」
「住めない状態なら…いやの故郷にそんな事いうのもどうかと思うけどよ…!」
「でもどちらにしろ船は降りるわ。状況さえ分かれば、もう私が旅をする理由はないもの。どこか別の島で静かに暮らすわ」
「ええええええぇぇぇええ!!?」
「貴方たちは一々叫ばなければいけない病気にでもかかってるの!?」

目の前で三人の男に叫ばれて、は思わず掌で耳を覆う。
しかし三人三様にまだ口々にガヤガヤと、への問い掛けは止まらず、彼女が辟易としだしていた時だった。


「随分と騒がしいな」


騒がしい中でも船首に凛と響いた、人を惹きつける様な中低音の声に、他の話し声がピタリと止まる。


「サボるにしては、えらく堂々としてるじゃねぇか」
「せせせせせんちょ…!」
「キャプテン!」


突然(といえどもあれだけ叫んでいれば、当然なのだが。)のローの登場に、持ち場を離れていた事を思い出し、焦り出したシャチとペンギンと、触発されたのか、やましい事はないはずのベポも、何故か同様に焦っていた。
四人、正しくは三人と一匹に、コツコツと近づくその足音は、以外には何か言い知れない地獄へのカウントダウンに聞こえた。

「ごめんなさあああぁぁぁい!!!」


を残した三人は、ローの横を通り過ぎ、船内に繋がる扉へと全速力で駆け抜けた。
バタン!という大きな扉の閉まる音がした後、あれほど騒がしかった船首に、少しの間沈黙が訪れた。

「何でベポまで…?」
「全く、あいつらは…」

船先のの隣りまでやって来たローは、欄干に腕を預け、一面に広がる青の景色を眺める。
そんなローの横顔をはジッと見つめたが、すぐに彼と同じ方向を向いた。

「いったい何をしてあいつらを叫ばせていた?」
「あれは病気の一種。私が原因ではなくてよ。」
「それで?」
「……、故郷に戻ったら船を降りるって話しをしただけよ」
「あぁ…。お前島の名前言わなかっただろ」
「言ったら更に煩くなっていたでしょうね」

はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いたは、眉根を寄せて海の果てを食い入る様に見つめた。

「いつかたどり着けるかしら」
「さぁ、な。それでも約束は守るし、守ってもらう」

「故郷まで送り届けたら、島に留まってローの子を産んで欲しい?」

隣りに立つ彼女より頭一つ分ほど高いローを見上げ、可愛らしくほんの少し首を傾げてみせる。
そうすれば、ローもを見下ろし、不敵な笑みをその顔に携えた。

「忘れてはねぇようだな」
「忘れないわよこんな大事な事」
「大事な事だと思ってるなら、文句はねぇよ」

ふっとこみ上げるように少し微笑んだは、ローの胸板にそっと自分の手を当てた。

「もう一度聞きたいわ。あの時の言葉」
「……、の故郷に向けて船を出す。だから、辿り着くまで側に居ろ。それからは、おれの子を産んで、おれの帰る場所になってくれ」
「ふ、ふふふふ」
「おい…言わせておいて笑うとは何様のつもりだ」
「ふふふ…柄じゃないわよねホント」
「黙れ」
「ふふ……。約束しましょう。だから連れて行きなさい」

そう言って彼に一歩詰め寄り、縁然として見つめる。そんな彼女の柔らかい頬に、ローは刺青の施された大きな手を、壊れるのを恐るかのように、ゆっくりと触れさせた。
そしてはローの手に、自らの抜けるように白い象牙色の、美しい比率の掌と指を併せ持った手を重ね、目を瞑る。

「きっといつかは、たどり着くわよね。……ラフテルへ」


答えの変わりに、の唇にただ触れるだけの口付けが落とされた。



望郷の果てに望むは未来



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