「渇望する事をやめれば私は私でなくなると、何度言えば貴方の頭は理解するのかしら?」
「与えられるものには限度ってもんがある。何度言えばお前は理解出来るんだ?」
「何度も言う様に貴方から貰いたいなんて私がいつ言ったと言うのかしら?」
「おれ以外から与えられる事をいつ許した?何度も言わせるな」


見渡す限り何処までも晴れ渡る、偉大なる航路の空の下。次なる島を目指し海上を走り航海を続ける、ハートの海賊団の潜水艦。
その甲板では本日の天気とは裏腹に、暗雲が立ち込まん雰囲気が、仁王立ちをしてにらみ合う、ローとにより醸し出されていた。
その様子を数人の船員達がハラハラと遠巻きに眺めている。


「なになに、ねぇシャチ、どうしたの?」
「おう、ベポ」


甲板から聞こえるざわめきが気になり、ギャラリーの一端に混ざりこんだベポは、彼の近くにいたシャチに事の発端を尋ねた。


「簡単に言やぁが血が飲みたいらしい」
「そりゃ吸血鬼だしね」
「で、船長は最近飲ませたばっかりだから上げたくねぇ。飲まなくったって死ぬ訳じゃねぇから、おれたちの血はダメだ、って言うわけだ」
「それで喧嘩?」
「あぁそれで痴話喧嘩」

する相手が居るのが羨ましい!と叫ぶシャチをよそに、ベポは再びローとに目を移した。
相も変わらず、ほんの僅かな空腹にタダをこねると、相手の要望より、自らの独占欲を優先させるローの、どっちもどっちという言葉がよく似合う不毛な言い合いは続いていた。

「お前は昔からそうだ。小せえ事にも妥協や諦めって物を知らねぇ。そうやって何度損をしたか覚えてねぇのか?」
「貴方だって昔からそうよ。いつだって私を意のままにしたがる!そういう所が子どもだっていうのが分からないのかしら!?」
「だいたいもう気候が安定している。次の島は近い。そこでまた女でも侍らせてりゃいいだろ!?」
「確かに女の子の方が格段に美味しいわよ、男って時点で妥協よ。それでもここに!これだけの人間がいるのよ!?」

そう言い放ち、ギャラリーに呈していた船員達を勢い良く指差した。
突然騒動の輪に加えられた彼らはたじろぎ、そして心中で一様にこう思った。「巻き込むな!」、と。


「ほう…なら手前ぇら。に血を、吸われたいか?」

今まで目もくれなかった船員達に、ローは視線だけで人を射殺せそうなほどの絶対零度の眼差しを、ゆっくりと彼らへと向けた。
当然のごとく震え上がった船員達は、「滅相もございません!」などと普段は全く縁なく使う事のない敬語を口々に叫びながら、散り散りに甲板から一目散に逃げ出した。


甲板に取り残され、二人きりになり、片方はニヤリと不適に顔に笑みを携え、片方はギャラリーが元居た場所を見ながら肩を落としていた。言わずもがな前者がローで、後者がである。


「残念だな、合意を得れなくて」
「心にもない労いどうもありがと!…もうっ、ペンギンあたりはそれなりに不味くはなさそうな気がするのに…」


のポツリと零した、ほとんど聞き取れない様な最後の呟きを、彼女の意に反ししっかり聞き取っていたローは、思い切り顔をしかめる。


「おい、それは堂々と浮気宣言か?」
「吸血は求愛行動ではなくてよ」
「確かに求愛行動じゃねぇな。性行為だ」
「は……?え…!?」

思いもしなかった切り返しには、大きな切れ長の目を見開き、言葉が出ないとばかりに、口をパクパクと金魚の様に開閉させた。


「吸血する相手には性的な快楽が生じる。全く、伝説通りだな」
「た、確かにそうだけどちょ、ちょちょちょっと待…私にそういうつもりはな」
「あいつらは皆それを分かってる。そりゃ合意する訳ねぇよな」
「だ、だだから、」
「女の血を吸うのを許しているだけで、随分寛大だと思わないか?」
「あ……え…と………」

「さあ、自分の愚かな発言を、どうやっておれに報いる?」



その後、甲板にて顔を耳まで真っ赤に染めて、へたり込むと、いっそ不気味なほど機嫌を良くしたローが船員達により目撃されたという。


妥協案さえ諦める




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