意識が浮上してすぐ感じた、慣れ親しんだベッドと枕の感触に安堵を覚えずにはいられなかった。
うつ伏せで寝かされた状態のまま、枕を両腕で抱え顔を埋める。
まだスッキリとしない頭が、惰眠を貪ってしまえと瞼を上げるのを拒否していたが、ドアがガチャと小さく音を立て開いた事でそれは叶わなくなる。


「起きてるか…?」
「…ペンギン?」
「お、起きてるな。調子はどうだ?」


きっとローが来たであろうと思い込んでいた私は、予想外の声に顔を上げ部屋に入ってきた彼の名を呟いていた。
私の部屋にロー以外の男性が入る事は、非常に珍しい。理由は言わずもがなである。


「調子は悪くなくてよ。もう痛くもないし。…ローは?」
「暫く許す気はねぇってよ。お前何したんだ?」
「えー…、色々…ね」


花畑での言い合いを筆頭に、いっそどれの事なのか分からない程に、身に覚えがありすぎる。今回の場合全てのような気もするが。
ベッドの側に置いてあった、普段は机の下に収納している椅子にペンギンは腰掛けた。


「直ぐに助けに行けなくて悪かったな」
「いいわよ。自分で招いた結果だもの。それに、海軍が来てたのでしょう?」
「しかも軍艦数隻率いてな…」
「……それでよく留まってられたわね…」


どうやら此方は此方で一悶着あったようだ。それが自分の勝手でこの島に滞在を伸ばした事が原因と思うと、無性にやるせない。


「でもまぁ、海軍はすぐ一般市民に追い出されてたけどな」
「何それどういう事?」
「たちの悪い誤報だった、と説明した。って酒場のウェイトレスが言ってた」
「…!彼女が……」
「ありがとうとごめんなさいを伝え欲しい。だとさ」


もう一度枕に顔を埋め、衝動のあまり悶絶する。本当に、何と可愛い人なのだろう。今度会う事があるのならば、その時は是非血を頂きたいものだ。きっと物凄く美味しいに違いない。
とはいえ、もうあの島に行くことはないだろう。ルドルフの事は気がかりであるが、神父にまた出会うのは非常に遠慮したい。それに、自分で考えると言ったのだ。もう干渉する必要もないはずだ。


「相変わらずのスケコマシめ」
「うふふ褒めないでよ」
「褒めてねぇよ!」


再び彼女を思い出し悶える私にペンギンは一つため息を吐き、そして気を取り直してジッと私を見つめる。
何か言いたい事があるが、なかなか口にできない、と帽子でほとんど隠れているにも関わらず伺える彼の表情に、小首を傾げてみる。


「何でして?」
「………、…悪かった!」
「は…?」


ガバリと頭を下げたペンギンに呆気にとられる。訳のわからない彼の謝罪に、間の抜けた声が出た。
今回の件はどう考えても私に非があり、彼に謝られる様な事はなかったはずだ。


「何、藪から棒に」
「おれは…、いや、誰もこうなるとは思ってもみなかったんだ」
「こう?」
が瀕死になって戻ってくるなんて、誰も思っちゃいなかった。に助けが必要な事態になるなんて、それこそ誰も思っちゃいなかった。船長は、お前に力を過信するなってよく言うけどよ。過信してたのは…おれらだ」
「こんな事、そう起きなくてよ。それに結果無事に此処にいるのだから、いいのではなくて?」
「…今更ながら船長の気持ちがよく分かった………」


呻く様に呟いたペンギンは、帽子越しに頭を抱えうな垂れた。
こうやって命を粗末にし、それでも悪びれる事もなく、あっけらかんとしていると、ローも同じ様にうな垂れる。
それでも、私はこうやって何百年も生きてきた。今更変えられるものではないし、彼らもただうな垂れるだけで言及して来ないからには、それを分かっているのだろう。


「やるせねぇよ…」
「私と共にいるということは、そういう事よ。それをローは受け入れた。…はずなんだけどねぇ。今回に限っていったい何をそこまで怒ってるんだか…」
「いや今までよく我慢した方だろ…」
「………そうなの?」


知らぬは本人ばかりなり、ということか。
唇に指を当て暫しどうすべきか考える。
此方が妥協出来るとも思わないが、ローにその様な思いをさせるのは、本意ではない。
寛容であろうとする事をやめさせれば、あるいは変わるだろうか。だがそうすればきっと自己嫌悪に陥らせてしまう。
好きな様に振舞えと言うが、それをやめてみるのはどうだろう。しかし反感を買う結果しか予想できない。



「ん?」
「考えるよりまず話せ。その方が性に合ってるだろ?」
「それもそうね…」


起き上がろうとベッドに肘をついた途端、背中の撃たれた場所が少し痛み、顔を顰める。
慌ててペンギンにベッドに戻され、またしても枕に顔を突っ伏す。


「船長無理にでも呼んでくるから、大人しく待ってろ」
「えぇ、お願い」
「いいか?動くなよ!?」


念押しするペンギンに苦笑しつつ、私室から出て行く彼を、軽く手を降りながら見送った。






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