呆然としたルドルフが項垂れたところで、私の脳内からアドレナリンが切れたのだろう。思い出したかのように痛み出した背中と、重度の貧血についに立つ事もままならなくなり、その場に倒れ込んだ。
一度は死ぬかもしれないと思ったほどの傷だ。息を止め必死に痛みをやり過ごす。
即座に駆け寄ったローが膝の上に私の頭部をそっと乗せると、労わる様に髪を撫でた。


「いったい何をされた?」
「撃たれた…銀で…」
「…っ、だから付き合わずに奪えば良かったんだ、始めからそうすりゃ…」
「終わった事、とやかく言わないの…」


腕を伸ばし彼の頬に力なく手を添えれば、ローは私を横抱きにして立ち上がる。
このままでは寸分待たず船に連れ戻される。その前にルドルフに聞かなければならない。先ほどの提案の答えを。
ルドルフに目をやれば、神父が立ち上がったのが視界の端に入った。


「私ほど吸血鬼を理解して、庇護出来る人間などいない!誰もが信じない…誰もが空想上の生き物だと思い込んでいる…!わたしは妄想に取り付かれてなどいない!彼女がいれば証明出来る!!」


彼の口からだだ漏れる本音は、君の悪さなど感じない、非常に自分本位なものばかりだった。
彼の実に人間らしい本質を見た気がして、少し安心した。
これはどう考えても、私に狂わされたのではない。私を守るなどと言いつつ、結局は自分の自尊心を守りたかった。ただそれだけの話だ。


はお前の自尊心を満たす道具じゃねぇ」
「人のことが言えるのか?自分より制限の多い生き物を庇護して、自尊心を満たしていないと言い切れるのか?」
「おれが満たしてるのは自尊心じゃねぇ。…そんな葛藤は遠の昔に飽きた」


ローは器用に私を片腕に抱きかかえ長刀から鞘を抜き取ると、能力を発動させ神父の上顎とした顎を切り離し、そして四肢も切り離した。
否応無しに神父が黙った事で、辺りには静寂が訪れる。
私をまた横抱きに抱え直したローは、草葉を踏みしめ歩き出す。しかしまだこの場に用のある私は、ローの肩を軽く叩きその場に留めさせた。


「ルドルフ」
「!…何?」
「さっきの話、乗船するかどうか…、どうする?」
「僕は………」


ルドルフは俯き、そしてバラバラになりつつも蠢く神父を暫しじっと見つめると、ゆっくりと私に向き直り、少し寂しそうだが、どこか晴れやかな笑顔を浮かべた。


「酷いことされても、やっぱり、お父さんだから。僕はここに居るよ。も引き止めない。…危ないもん」
「…そう」
「大丈夫だよ。今度は…ちゃんと考えるから」
「分かった。……ねぇ神父」


私が声をかけると、彼はバタつかせていた四肢をピタリと止めた。


「特殊な種族を……守りたいというなら、…貴方を必要としている、ルドルフこそ、…守って上げる……べきではなくて?」
「おい、もういいだろ」


朦朧とする意識の中で振り絞る震えた声に、幾ら私に甘いローとはいえ、もうここに留まる事は許してくれそうにない。


「ええ、…そうね」


ローの首に腕を回し、再び霞みだした瞳を閉じる。
その間際に、フワリと銀色の光の玉が視界に入った気がした。
酒場のウェイトレスが言っていた、銀色の蛍。今見たのはまさにそれだったのかもしれない。
今、ローも蛍を見たのだろうか。
運命的な出会いをした二人が永遠に結ばれるというこの場所で。一緒に見た二人は一生添い遂げるという銀の蛍を。

しかし閉じた瞼は開く事も億劫で、そのまま確認をする暇もなく、私の意識は緩やかに遠のいていった。






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