再び神父がフォークを持ち、料理に手をつけようとした時だった。
バン!と大きな音をたてウェスタンドアを不要なほど勢いよく開いき、店内を無遠慮に歩き回る足音が響く。
何事かと振り返れば、いかにも海賊風情の男たちが、店内を態度悪く闊歩しているのが目に入った。
これはあまり、良い予感がしない。
こういう時の感は当たって欲しくないが、とりあえず相手にばれない程度に、こっそりと彼らの行動を伺った。
「…、やっぱり出よう」
「貴方は目の前のノルマに専念なさいな」
「不快なものが視界にちらつけば、料理も不味くなるだろう?」
呆れてものも言えなかった。空気が読めないにしても、限度というものがないだろうか。
何も気づかない様子で笑顔を此方に向ける神父に、私ががっくりと肩を落とすと同時に、案の定神父曰く不快なものが一斉に、此方に殺気立った視線を向けた。
それでも神父は我関せずと立ち上がる。
「おい兄ちゃん、不快なものってのは、おれたちの事か?」
「あれ?聞こえてた?そうだよ。まあいいさ。私達は出て行くから」
「侮辱されて簡単に帰すわけねぇだろ」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべ男たちに、暫くは平然としていた神父だが、急にはっと何かに気づいた様に目を見開くと、みるみるうちに青ざめポツリと呟く。
「あ、そうだ。ルドルフ今外だ」
「貴方馬鹿?」
分かってはいたが、この神父自体に力があるわけではなく、実力行使はルドルフの仕事らしい。
得体のしれない力を持った人狼を従えた地主。島民が逆らえないはすだ。
心中思い切りため息をつきつつも、この場を収めれるのは自分しかいないだろうと、優然と立ち上がり男たちに向き直る。
ついでに蠱惑的に微笑んで見せれば、誰もが息を飲み私を放心して見つめる。
これが自身の美貌によるものなのか、吸血鬼の魅了なのかは、自分でも良く分かっていない。ただ使えるものは使うのみだ。
今のうちに店を出ようと、神父に一応目配せすれば、彼もまた私に見入って全く反応がない。
思わずまた米神に青筋を立ててしまったが、それで神父はようやく気づき、あたふたと出口に向かって早足で歩きだす。
そして玄関間際で捨て台詞を吐いた。
「はぁまったく、災難だ」
「それは私のセリフでしてよ!」
あまりの腹立たしさに思わず声を荒げてしまい、場の空気が乱れる。
これでは彼らも正気に戻ってしまう。
瞬時に振り返りさっと店内に目を走らせれば、カトラスを鞘から抜き放ち、ウェイトレスの首にそれを今にも当たりそうなほど近づけたのが目にはいる。
彼女の不安で堪らないと語る目が、助けを求める様に私を見つめた。
「…っ!何のつもりかしら?」
「随分別嬪だなぁ嬢ちゃん。こっちに来な。そうすりゃお前の男の事は許してやる」
「…残念ね。私の男はもっと頼りになる良い男よ?」
「あぁ?まぁなんだっていい。いいからこっちへ来い。こいつと同じ目に会いたくなけりゃな!」
そう言うと、男はカトラスを持った腕を大きく振りかぶり、勢いよく彼女へと振り落とした。
「いやああああああ!!」
悲痛な彼女の声が店内に響き渡り、バシャ、と大きな飛沫と共に鼻を突くような強い鉄の臭いが立ち上る。
ただし、むせ返るほど充満する血の臭いは、彼女からするものではない。
素手でカトラスを受け止めた、私の手から腕にかけての大きな傷からだ。
まるで瞬間移動のようなスピードと、素手でカトラスを受け止め押し返す力に、男は息を呑む。
目を限界まで見開き、大粒の涙を零す彼女に柔らかく微笑みかてから、カトラスを持つ男を鋭く睨みつけた。
「私でなく、彼女に剣を向けた事を、死んでも後悔なさい…!」
掴んだカトラスに、さらに手に力を込め、鉄の刀身をまるで乾いた土でできていたかのごとく粉々に砕き、握った拳はそのまま男の鳩尾へと叩き込む。男はなす術もなく血を吐きながら、床へと崩れ落ちていった。
傷のおかげで全力で打つことは出来なかったが、彼にとっては、その方が良かっただろう。なにせ絶命せずにすんだのだから。
唖然とその光景をただ見ることしかった男の仲間が、はっと我に帰り次々に奇声を上げ、まるで化け物でも見たかのような顔を私に向けながら、店内から脱兎の如く走り去って行く。
このままでは全員に出ていかれそうだったので、二人ほど腕を掴み無理矢理引き止め、気絶した男を持って帰るように指示する。二人は黙って何度も頷いた。
男を抱えた二人組が居なくなると、また私とウェイトレスと神父の、三人だけがいる空間が戻ってくる。
はぁ、と本日何度目になるか分からないため息を吐いた瞬間、きっとずっとそこに居たであろう店の奥から一人の男が、こっそりと此方を覗いているのが、チラリと垣間見えた。格好からしてここのコックなのだろう。
先ほどの騒ぎは、気にはなるが怖くて此方には来れなかった、といった状況だろうか。女性店員を一人残して、というのはいただけないが、賢明な判断だ。
彼に彼女を任せてここを去ろうと一歩踏み出した時、急にカトラスで傷つけられた腕を、当の彼女にがっしりと掴まれる。その手はカタカタと小刻みに震えていた。
「血、血を…止めないと…!コックさん!お医者様を連れてきて!早く!」
「あ、あぁ!待ってろ!」
バタバタと焦りが見え隠れする足音を立て、コックが店を出て行く。
これでは彼女を誰かに預けれないではないか。と、内心憤慨するが、どう考えても見た目だけでは私の方が重傷だ。彼の行動を責めるわけにはいかない。
実際、銀なら大問題だったが、鉄の剣に刺されたくらいでは、全く問題はない。この傷も数分も待たず完全に塞がってしまう。
何と言って誤魔化そうと思案しつつ、テーブルクロスを私の腕に巻こうとしている手をやんわりと止め、彼女を落ち着かせる為に軽く抱き寄せ、背中をゆっくりと撫でる。
「大丈夫よ、これくらいじゃ何ともないわ」
「う、うそ…だって、こんなに血が…」
「そうさ、彼女は大丈夫だ」
出入り口付近に神父がにいることを、少し忘れかけていた。ちらりと彼を見やると、ゆっくりと此方に歩み寄ってくる。
「彼女は私が連れて行くから、手を離しなさい」
「でも…」
「まぁ、離さないでも良いけど」
「何を……」
ガチャリ。
どこからともなく神父が取り出した銃が私に向けられる。
一体なんのつもりだ。そんな愚かな質問はしなかった。きっと彼は初めからこのつもりだったのだろう。ただ私を確実に撃てる機会を探っていたのだ。通りで昨日、あんなに私に執着心を見せた割に、ローの条件をアッサリと飲む訳だ。はなから条件も約束も守る気などなかったのだ。
きっとあの銃には銀の弾丸が入っている。しかし今ここを離れれば、この気の動転している彼女に当たってしまうかもしれない。
何ということだ。これではまたローに怒られる展開が目に見えるようだ。
内心そう呟いたと同時に聞こえた、パン!と空気を割く乾いた銃声と共に背中に感じた、焼け抉るような熱い痛みに、私の意識はプツリと途切れた。