身に纏う衣類は帽子から靴まで全部真っ黒な、不機嫌な面持を隠そうともしない女と、緩みきった顔をその女に向ける神父のコンビは、よほど異質なのか街中の人間が二人をチラチラと伺っている。
中でも地元民であろう者からは、若干哀れみの色を滲ませて私を見る人が多い事に、酒場で聞いた噂がこの街には良く浸透している事が伺えた。
噂を知る人間が、気をつけてと注意を促させるほどまで、銀髪の女を探すこの神父に、銀髪の女が同伴しているのこ状況は、街の人間の同情を買うのには十分だったようだ。
しかしその哀れみの色を眼差しに表す者達は、此方と関わりたくないとばかりにすぐに目を逸らす。
注意を促すほどに危険視している割には、彼を捉えてしまわないことに、なにか関係があるのだろうか。
「何処か行きたい所はあるかい?」
「ないわ。だいたいこの街の事良く知らないし」
「ならまずは腹ごしらえしようか。あそこに入ろう」
そう言って神父が指差したのは、昨夜ハートの海賊団が入ったウェスタンバーだった。どうやら朝昼の間はカフェとして営業しているらしい。
この妙な視線から逃れられるならばどこでも良い。神父が言うままに店内へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいま…!せ…」
軽快な挨拶は私達を認識したと同時に覇気を失う。
出迎えたウェイトレスは、昨夜私に噂を教えてくれた彼女だった。店内に彼女以外の人間はいない。やはり店の主体は夜のバーなのだろう。
「あら。夜も遅かったのに朝早いわね」
「え、ええ。いつもの事です。あの…」
私達を戸惑いながら交互に見やる彼女に、できるだけ安心させるように柔らかく微笑んでから歩み寄り、彼女の肩に手を置いてから耳元でそっと囁く。
「大丈夫。ちょっと相手したらすぐ逃げるから。こう見えて私強いのよ?」
「あの…何かあれば、お仲間さんに、連絡します」
そこで自警団や海軍を上げない辺り、私が海賊だということは黙認しているようだ。その上で彼よりも私に方居れしている。昨日ローに邪魔されつつも仲良くなっておいた甲斐があった。
「そろそろ案内して貰えないかな?」
「はい!すいません此方へどうぞ!」
彼女によって案内された店の奥の大きな円卓は、おおよそ二人の客を通すような場所ではないはずだが、神父は満足気だ。
向かい合わせに座ったが、先ほど並んで歩いていた時よりも距離がある。私としても彼が近くにいないというのはありがたい。
神父は私に何も聞く事もなく、ウェイトレスの彼女にいくつか注文し、私へと向き直った。
「ところで、私が聞くのも何だけど、あんな別れ方で良かったのかい?」
「ローと?いいわよ。どうせ次にあった時に、私が謝って終わりよ」
「あんなに怒ってたのに謝るの!?」
「あら、そんなに怒ってたかしら?たったあれだけの事に粘着してられないわよ」
「君って…何というか、薄情……いや、希薄、軽薄?だね」
「正直にずけずけと感想どうもありがとう。よく言われましてよ」
確かにあの時は、頭を冷やさなくてはならないと思うほど、彼に怒りを覚えていたが、今はもうなぜあそこまで怒ってしまったのか分からなくなっている。長い年月を生きた結果、感情の起伏が激しい割には、感情に頓着しないという、我ながら付き合い難い支離滅裂な性格が形成されてしまったのだ。
だからこそローも、去り行く私を止めなかったのだ。またすぐに、私は彼の元へ戻る事を、良く分かっているから。
「せっかく二人になったんだから他の男の話はやめよう」
「話を振ったの誰でして?」
「まずはベタに自己紹介しょうか。私は…」
「いいわ。興味ないから」
「………な、なら、私は興味があるから、君の事を聞かせてくれ」
てっきりまた人の話など聞かないで、勝手に語り出すかと思いきや、あっさりと引いた事に内心少しだけ驚く。
ここで話す事を拒否しても良かったのだが、どうせ長くても後半日でこの島を出るのだ。多少話してやっても良いだろうと口を開く。
「名前は。苗字はあったような気がするけど忘れたわ。年齢は聞かないで。ハートの海賊団には戦闘員として乗船しているわ。好きなものは麦藁ワインと女の子。恋愛対象ではないけどね。嫌いはものは日差しや十字架、だいたい想像つくでしょう?こんな感じでよくって?」
「あぁ、うん。綺麗な声だ」
「………内容はどうでも良いのね」
「そんな事ないよ!ただ分かってる情報が多かったからついね…」
神父の発言に思わず眉間に深いしわを刻む。つい、で気持ちの悪い発言は、控えて欲しいものだ。
また垣間見得た神父の狂気に、資料など諦めて島を出てしまいたくなるが、船員の皆を巻き込んでいるのだ。私が根を上げるわけにはいかない。
「お待たせ致しました」
ガラガラと音をたて運ばれたワゴンには、二人にで食べるには多すぎる量の皿が乗せられている。
これだけの料理を、よくこの短時間で作ったものだと感心していると、逆に神父は不満の声を漏らす。
「まったく、遅いじゃないか。彼女が退屈してしまう」
「も、申し訳ありません」
「何よまるで私が待ちくたびれてるみたいな言い方。お嬢さん、大丈夫よ。充分早かったわ」
「私の言う事が聞けないようじゃ、この島にはいられないよ?」
「…はい」
いつまでもこのままでは彼女があまりにも可哀想だ。料理を机に運ぶよう促し、この場に留まらせないために早々に下がらせる。
そうして何事もなかったように、小皿に料理を取り分ける神父を見据えた。
「貴方何者?」
「地主だよ。この島の」
彼の一言ででいろいろと納得がいった。
危険視はしても、捕まえられないのは地主だから。
関わりたくないと、目を逸らすのも島を追い出されたくないから。
それに、立ち入り禁止区域は地盤沈下がおこったと聞いていたが、実際に踏み入れた立ち入り禁止区域は、脚を踏み入れた範囲が短かったからかもしれないが、立ち入りを禁じなければならないほどの悲惨さは見当たらなかった。
あの場所を囲ったのも、この神父なのだろうか。
「そんな難しい顔しないでさ。食べようじゃないか」
「…知らないのね。私は固形物は口に出来ないのよ。液体以外は受け付けないの」
「え、そうなの?」
「いよいよ怪しくなって来たわね。貴方、本当に私についての資料なんて持ってるのかしら?」
机に頬杖をつき、神父を見下すように縁然と微笑んで見せた。
しかし彼は私の不遜な態度に気づいているのかいないのか、ただ鼻の下を伸ばすだけだ。本当に空気が読めないらしい。
「そうだな、例えばこれはどうだい?君は日光に弱いけれど、それは日差しの問題よりも反射が大きく関係しているんだ」
「へぇ?」
「鏡や写真にも映らないんだろう?いろいろ面倒な理論は端折って簡単に言うと、それは君の体が光を反射しないからだ。これで信じてもらえたかな?」
「なるほど。それで、他には?」
今ここで仕入れられる情報は全て仕入れておこうと、彼に続きをせっつくが、食事もほどほどに神父は椅子から立ち上がる。
「君が食べれないのなら意味がない。場所を変えよう」
「…………」
頭の中で、何かがぷつっと音を立てて切れたような気がした。
次の瞬間に私は頬杖をついていた手を握りしめ、ドンと大きな音をたてて机にめり込ませていた。
この机はもう使えないだろう。店側には申し訳ない事をしたと頭のすみで考えるが、それどころではない。
恐らく青筋が立っているであろう顔に笑顔を貼り付けて、目を見開き私を見つめている神父にそれを向けた。
「頼んだからには、食べなさい」
「いや、もともと私一人では無理…」
「食べれない私の前で、この嫌味甚だしい行為が、許されると思って?」
暫くの沈黙の後、神父はよろよろと席へと戻り、ゆっくりと腰掛けた。