茂みの向こうから私たちのいる花畑へと、まず足を踏み入れたのは、いつもの様に長刀を携えたローだった。
そして彼から少し離れて、神父が付いてきている。ローの移動能力なら一瞬で二人とも私の元に移動できるはずだが、それをしなかったのは、この神父を連れて能力を使いたくなかった、ということなのだろうか。
こうしてルドルフ曰く、運命的な出会いをしたはずなのだが、たった数十分離れていただけの二人が再会したこの状況は、全く運命的な要素が見つからなかった。
それでも、この島の言い伝えの恩恵は、得られるのだろうか?
ふと視線をローからルドルフへと戻せば、彼は完全に不貞腐れてしまった様子で、口を尖らせむすっとした顔をしている。そんな彼に思わず苦笑が漏れる。

そしてまたサクサクと草花を踏みしめて、此方へと歩み寄るローへと顔を向ければ、彼の表情がようやく伺える距離まで近づいていた。

そうして気づく。あの顔は、とんでもなく機嫌が悪い。背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
立ち上がり私からも彼にゆっくりと歩み寄る。
互いまで後三メートル程度のところで止まった私達は、暫く見つめるというよりも睨みあう。
この場合私から口を開くのは良くはない。ただひたすらにローが口を開くのを待つしかない。
しかし沈黙を破ったのはローではなかった。


「さぁもう良い加減に、彼女を預けてくれないかい?」


和かに私に微笑みながら言う。この男、出会って間もないが、性格面でわかる事がある。
彼は全くもって空気が読めない様だ。


「この場所も確かにいいけれど、出来れば街で普通のデートがい…」


神父が急に口を閉ざしたのは、ローがゆっくりと振り返ったからだ。
私からは見えないが、きっと察しの悪い人が見ようとも、黙らせる威力を持つ、身も凍るほどの冷たい眼差しをしている事だろう。


「少し二人で話す。てめぇら離れてろ」


神父は少し躊躇った後頷き、ルドルフを連れ花畑の端、崖の方へと移動した。
移動中の彼らを監視する様に睨みつけていたローだが、話し声が聞こえないであろう程度に遠のいた所で、また私に視線を戻す。


「あの時…」
「…?」
「あの時お前は、立ち向かわねぇで逃げるべきだった」
「…、今更よ」
「それでも言わせろ。お前は自分の力を過信し過ぎている」


静かに、それでも腸が煮えくり返るほどの怒りを孕む彼は、予想の一つそのままの反応だった。
しかし、今まで見れなかった反応に、新鮮味を覚えるでもなく、私は自分が落胆しているのに少し驚いた。
そこでようやく気がつく。

私はローに、心配して欲しかったのだ。

ルドルフに言いかけた、ローが心配する、という言葉は、紛れもない願望だったようだ。

そう考えがまとまると、今度は欲しい言葉をくれない彼に、徐々に怒りを覚えた。
そしてただ一つの言葉が貰えないだけで、怒りを覚えるのかと自嘲する。
だからと言ってこの苛立ちが消えるわけではない。


「お前の性格は良くわかっている。だが戦うことに意固地になるな。それはプライドなんて高尚なもんじゃ…」
「お黙りなさい」


怒りを織り交ぜ縁然と微笑んで、地面をドンと踏みしめれば、乾いて固まった土に大きくヒビが入る。
私の怒りに触れさすがのローも押し黙った。


「私は吸血鬼でも元は人間。本物の様に力を振るうのにプライドなんてものは持っていなくてよ。それに、私の性格を良くわかっているなら、あの時逃げないことは分かったはずよ。それなら、私を護るのが貴方の役目ではなくて?庇護者さん?」
「都合の良い時だけ護られる側に立つんじゃねぇ」


イライラと吐き捨てる様に言うローは、大きくため息を吐き、眉間のシワを更に深く刻み込む。


「何故分からねぇ…」


ため息交じりに呟かれた言葉は、明らかに私に対する呆れが容易にみて取れた。
何故私はこんな数百歳も年下の男に、説教されその上呆れられているのだろう?恋人だから?近しい存在だから?
沸騰寸前の脳は、思考力をひたすらに低下させ、考えがまるでまとまらず、そして余計な事まで考えさせる。今は年齢は関係ないはずだ。先ほどの疑問を打ち消す為に頭を軽く振る。


「お互い、今は頭を冷やした方が良さそうね」
「まだ話は終わってねえ」
「いいえ終わりよ。余計な事を、言葉にしてしまう前にね」


そしてローに背を向け、背中に視線を思い切り浴びながら、崖間際にいる二人の元へと脚を進めた。


「そこの神父。もうよくってよ」
「ジョンでいいよ
「それで街に行けば良いのかしら?」
「ああ。王道のデートをしよう!」
「どうでもいいわ。早く終わらせるだけよ。行くわよ神父」
「あ、結局呼んではくれないんだ…」


近づいて来る神父を、二メートル以内には近づけない様に言い聞かせ、どう考えてもデートとは言い難い距離を保ちつつ、私達は街へと歩き出した。




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