就寝前に飲み直そうと、ローと二人でやってきた食堂には、同じ事を思っていたであろう船員ほぼ全員が集まり、酒を囲んでいた。
見張り番以外が揃った食堂は、流石に狭苦しい。中にはいるのを一瞬躊躇ったが、結局その後神父達とはどうなったのかと、説明を求める彼らによって食堂の中央へと促された。


「滞在を一日伸ばす」
「それでどうにかなる問題なんすか?」
「神父がね、私の欲しいものを持ってるみたいなの。それで交換条件で…」
が奴の気を引きつけている間に、船と教会に侵入して盗み出す」
「…それ聞いてなくてよ?」


どうやら彼は、全く神父の事は信用していないらしい。かく言う私もそうではあるが。しかし大人しく言う事を聞くよりも、自分から盗りに行く方が、確かに海賊らしい。
余り略奪や犯罪行為に頭が働かない私は、やはり根っからの海賊にはなれないのだろう。この船にも、海賊とはかけ離れた個人的な理由で乗っている。
しかし彼らを非難する気も、自分が染まるつもりも毛頭ない。
ただ私にあるのは海賊に勝るとも劣らない強欲。これさえあればこの船に乗る事に問題はない。


「教会…なんか島にあったか?」


ポツリと呟いたペンギンの言葉に、今日見て回ったこの島の情景を思い浮かべてみたが、確かに教会と思しき建物は見当たらなかった。


「街じゃねぇ。立ち入り禁止区域にそれらしい屋根があった」
「良く見てるわね…。地盤沈下で捨てたっていう土地辺りね?」
「あぁ。あの方角から船で来たってことは未だ使ってんだろ」
「なるほど…」


岩礁だらけの島沿いに船を走らせていたのは、教会から街までの最短距離を行き来するために慣れていた、ということだろうか。あくまで推測でしかないが。


「船長、それなら今から教会にいっちまえばいいんじゃないですか?」
「奴ら横に停泊してやがる。今行きゃ面倒だ」
「ワーウルフのあの子にバレれば面倒よねぇ。貴方達全然太刀打ちできてなかったし」
「うっ…」


数名を呻かせた自分のその発言ではたと気づく。恐らく明日私が気を引くのは神父一人だけだ。少年も一緒に連れて行くとは考え難い。


「ロー、私が気を引けるのは神父だけよでしてよ?あの子はどうするの?」
「もうネタは割れてる。今度は油断しねぇよな?」


ローが肯定の言葉しか望まないといった高慢な態度で、船員達を見渡せば、答えるように自信ありげに揃って頷いて見せる。
それに満足したようにローはニヤリと悪どい笑みをその顔にたたえた。

実際この会話は、一見して集団で一人の少年を締めるという話をしている、大人気ない海賊の図なのだが。と頭を過ったが、流石にこの空気を読めない発言で口を挟むことはしなかった。


「それにしたって何でワーウルフが神父に従ってんだろうな?」
「確かに不思議だけれど、吸血鬼ほど人狼は弱点はないという伝承が一般的よ。私みたいに聖職者というだけで嫌悪感を抱いたりは、しないんじゃないかしら」
「流石に詳しいなぁ…」
!おれも質問!」
「はいベポ」


まるで教師と生徒のやり取りのように、素早く手を上げたベポを指差して質問を促す。


「ここに昔居たっていう吸血鬼は本当になの?」
「…そのはずよ。数百年間棺で眠っていたし、その棺には…ルーナと、書かれていたわ」
「そうなんだ…」


一度人間としての生を終えた私の体は、土葬される前に棺ごと故郷から連れ出された、と思われる。
次に目覚めた時には全く違う知りもしない島にいたことから、そう推測しただけであり、実際にその時にはこと切れていた私に、知る由もない。


「話は分かっただろ。明日に備えて休んどけ」
「りょーかーい!」


ローの解散号令に、ぞろぞろと食堂から出て行く船員達は、酒瓶を片手にしているものが多い。返事は色良くもとまだまだ休むつもりはないようだ。
そんな彼らに思わず苦笑が漏れた。


「ったく、あいつら…」
「私達も飲み直しにここに来たのだから、人のことは言えなくてよ?ラム酒でよろしくて?」
「…あぁ」


彼の分の、船員達より少し贅沢なラム酒と、自分の為の麦わらワインを厨房の奥から取り出し、樽型のコップへと注ぐ。
既に充分に飲んだ後なのだ。一杯で良いだろうと、酒の入ったコップだけをローの元へと運んだ。
そして彼の隣の席へと腰を下ろし、軽くコップを掲げれば、同じように掲げたローの持つコップと、カツンと小さく合わさる音を立てた。
一口喉に通し一息ついた所で、また明日の話題へと戻る。


「資料、本当にあると思う?」
「さぁな。それでも確率は高いと踏んだんだろ?」
「そうね…。に、しても。自分が眠っている間に調べられてたっていうのも、良い気分はしないわね」


頬杖を付きはぁと大きくため息をついて見せれば、早くもコップを空にしたローが、私の髪をサラリと一束その手に取り、ニヤリと含みのある笑みを私にへと向ける。


「何をされていたにしろ、もう全ておれに上塗りされてるだろ」
「…まぁ、貴方が触れてない場所何て、…ないわね………」
「気になるなら洗い流してやろうか?」


まるで喧嘩を売っているかのごとく、挑発的に私の顎を掴み無理矢理に視線を合わせた彼に、私も挑発するように縁然と微笑んで見せた。


「洗い流したいのは私よりむしろ貴方の方ではなくて?」
「それの何が悪い?」
「もうすでに上塗りされていると言ったのは貴方。矛盾しているわ」
「……それの何が悪い」


開き直った彼は、皮肉めいていて、それでいてどこか寂しそうな複雑な表情を浮かべる。
髪でも引っ張られるかと思っていた私にとって、意外な彼の表情に思わず一瞬目を見開いた。
しかし矛盾する思いが表す、彼の私への思いの丈に、胸の奥に湧き上がるのはこの上ない愛情ばかりだ。


「悪くないわ、欠片もね」


そう言った瞬間に、降りて来たひどく優しいキスは、アルコールの匂いがした。





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