…!?」


珍しく焦ったローの声が私の名を呼ぶ。駆け寄る足音がしてすぐ未だ動けずにいる私の肩を抱く手に、慣れ親しんだ感触と体温で力強く握られた。
ほんの少し顔を上げれば、またしても珍しく困惑の色が滲み出したローの顔が目に入る。それもそうだろう。未だかつてただ誰かに触っただけで、正体が現れてしまうことなんてなかったのだから。
しかし、当の本人たる私はというと、思い当たる節が一つあり、今この状況を冷静に考えることができているのは幸いだった。

少年から手を離して直ぐに嫌悪感は消えていた。もう大丈夫だと彼に微笑みかけ、吸血鬼の証拠たる羽や犬歯をしまいこんだ。


「ねぇ、君いったい何者?」


いつの間にか少年を取り押さえていたベポが、少年を見下ろしながら聞く。
小さな少年と大きな白熊。余裕があるならば、また場違いなことを、口にしてしまいそうな光景だった。
そんな事を考えているうちに、いつの間にか立ち上がっていたローは、私に手を差し伸べる。親切心というよりは、何があってもすぐ動けるために立ち上がるよう促しているのだろう。苦笑しつつその手に捕まり立ち上がった。


「え、僕は…」
「貴方、ワーウルフね?」


思い当たる節とはこれだ。それ以外では説明がつかない。
吸血鬼が本能的に嫌悪する存在、人狼。
今まで生きてきた中で、出会ったことはなかったが、この居ても立っても居られない、我慢を強いられれば体力をすり減らすほどであろう嫌悪感。彼が人狼でなければ、数百年生きてきた私が、こんな失態を犯す事などありえないのだ。


「うん、そう」
「やっぱり…」
「どうやら本当に警戒するべきはお前だったようだな。…どっちも放りだせ」
「ちょっと待ってもらおうか!」


後方から聞こえた空気の読めない叫び声に振り返れば、ローから受け取ったらしいペンギンがもつ、神父の頭が喚いていた。


「ここまできて引き下がれないよ!ルドルフ!ばれたんだ、もう隠さないていい!」
「え、う、うん!」


何の事かは分からずとも会話の流れから、少年が何かをするであろうと、ベポが彼を取り押さえる手に力を込め、ローは能力を発動させる言葉を唱えた。
しかしその一瞬のうちに、ベポの手の中には、千切れたロープだけが取り残されて、少年の影はどこにも見当たらなくなっていた。


「え!?あれ、逃げられた!?」


まずは私が狙われると思ったであろうローは、私の手を引くと、片腕でその胸の中に私を閉じ込め、刀を構える。
しかし狙いは私ではなかったようだ。
神父の身体を持った船員たちが、なす術もなく次々と倒れて行く。
そして、その小さな身体で、全てのパーツを抱えた少年が、私達から比較的離れた船首に姿を現した。

少年には、先程まではなかった、フサフサの毛が生えた動物の耳と尻尾が見受けられた。
猛者ぞろいのハートの海賊団の船員に、スピードでもパワーでも負ける事のないその身体能力とその姿には、最早嫌悪しか抱けない。
私を抱きしめるローのパーカーの胸元を少し握れば、彼の腕の力がグッと入るのを感じた。


「これ、くっつければ戻る?」
「あー…うん、戻るみたいだね」


悠長な会話をしつつも、元に戻ってしまった神父は、相変わらず此方を緩んだ顔で見ている。
私はといえば、毛嫌いする職種と種族が並んでいるその光景に、ひたすら気分が悪くなるばかりだ。気分が悪い、というよりは、げんなりしている、と言った方が似つかわしいが。


、下がってろ」
「え、ええ…」


多少覚束ない足取りで、ローの背後に下がれば、近くにいたベポが腕を差し出してくれる。心優しい白熊にほんの少し微笑みかえ、遠慮せずその腕に寄りかかった。


「このまま出ていくならよし、行かねぇなら容赦はしねぇ」


右手に刀を構え、左手を挑発するように人差し指を立てる。いつでも能力を使えるスタイルでローは船首の二人に話しかける。
直ぐに手を出さないのは、曲がりなりにも相手が一般人だからだろう。ローが性根は優しいとは言い難いが、簡単に一般人に手を上げるまで成り下がるつもりもないらしい。


「まあ待ってくれ。少し話をしよう。約数百年前に、うちの先祖に吸血鬼を預かった人がいたらしい」


まるで此方の言い分など耳に入れなければ、気にもしない、といった風に、神父は語り出した。


「悪魔の名花と謳われた棺の中で眠り続ける吸血鬼は、色白の肌と銀の髪が特徴的な、目を開かず声も発さないのに目が離せない、それは綺麗な人だったそうだ。そしてその棺にはかすれた文字でルーナ、と書いていたらしい」
「……」
「ルーナは名前ではなかったのかな?ねぇ君、身に覚えがないかい?君なんだろう?」
「そうだったとして、貴方はどうしたいの?」
「会いたかった」
「なら目的は果たせたわねおめでとう。それじゃあさようならお帰りになって」


早口にまくしたてるようにそう言った後、直ぐに自分の発言を後悔した。これでは自分がその棺の中にいた吸血鬼と、認めてしまったようたものだ。
案の定神父は赤ら様に目をきらめかせ、逆にローが腕を下ろし、責めるように此方を見据えていた。
早々に立ち去って欲しいのだ。思考が回らない事くらい、多めに見て欲しいと、ローを睨み返す。


「やっぱりそうだった…!君、海賊なんかやめてこの島に残ってくれ!」


海賊なんか。
神父の私達には到底理解し難い言葉の直後に、ついに堪忍袋の緒が切れたらしいローが、能力を発動させ、一瞬にして二人をどこかへと移動させた。
引っ掻き回され微妙な空気が漂う甲板に、遠くから聞こえる神父の喚き声が響き渡る。声の方角からすると、どうやら彼らは彼らの船へと戻されたらしい。
確かにローは宣言通り容赦なく追い返したが、妙に生易しい気がしてならないのは、相手が毛嫌いしている者たちだから、そう思ってしまうのだろうか。



「…もう島でなくて?」
「無理だよログ溜まってないもん」


ボヤいた独り言に、白熊が律儀に返事を返した。



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