「いやぁ、わざわざすまない。どうしようか悩んでいたところなんだ」


縄梯子を使って甲板へとやって来た男の第一声がそれだった。
現れたのは真っ黒なスータンを身に纏い、首からチェーンの長い十字架のネックレスをさげた、一目みて誰もが神父と分かる風貌の青年だ。
海賊船に乗り込んだ一般人というには、余りにも警戒心のない間延びした言葉と態度に、実は猛者なのではと思ったのか、警戒する者もいるが、明らかにこの優男は戦闘のできる身体の作りをしていない。
もちろん、能力者ならば話は別だが。


「海賊船に招かれておいて、随分余裕だな」
「余裕なんかないさ。嬉しくて興奮気味だよ」


本当に嬉しさを抑えきれない、といった風に破顔する神父は、彼に話しかけたローには目もくれず、ただ一点を見つめている。

そう、言わずもがな私を見ている。

こうも初対面の人間にジッと見られるというのは、全く良い気分はしない。彼とは正反対のしかめっ面を、微塵も隠さず私は神父を見据えた。


「神父さん、ごめんなさい。連れて行けなくて…」
「あぁ、いいよいいよルドルフ。結果会えたんだから」


ルドルフと呼んだ縛られたままの少年を一瞥もする事なく、相変わらず神父は私からまだ目を逸らそうとしない。
自分のよこした、しかも子供にする態度がこれでいいのか。そう思うと私はいつの間にか、神父を思い切り睨みつけていた。


「そう警戒しないでくれ。私はジョン、神父をしている」
「頼んでもない自己紹介どうもありがとう。私は貴方に名乗る名前なんてなくってよ」
「大丈夫だ、知っている。ルーナだろう?」
「…は!?」


違う、そう叫びかけた瞬間、ジョンと名乗った神父の首筋に、いつの間にか抜き放たれた、ローの長刀の刃がピタリと当てられていた。叫ぶタイミングを逃した喉が、ただ息を飲む。神父を見下す明らかに不機嫌なローの凶悪な雰囲気が、その場の空気を張りつめさせたからだ。
しかしその状況にもかかわらず、神父は相変わらずの楽観的な表情を浮かべている。これが多少でも実践経験のあるものならば、ローの殺気に気づくはずである。実際私のそばの少年にはその気がある。
そうなるとこの神父は、確実にただの無害な一般人だ。それに気づいたらしい船員たちも、彼に対しては警戒を解きだした。



「勘違いだったらしいな。あいつはそんな名前じゃねぇ」
「あれ?そうなの?」
「さぁ、用は済んだな」
「うーん、そんなはずは…」


首筋に今にも傷をつけんばかりに近づいている長刀を気にしつつも、彼は無遠慮にジロジロと私を観察する。


「何よ」
「うーん文献にあるルーナの特徴そのままなんだけど…君、吸血鬼だろう?」

「“ROOM”」


苛立ちの伺える低い声で唱えられた言葉と斬撃。
次の瞬間にはローのオペオペの実の能力によって、神父は血を一滴も落とす事なく、その首を切り落とされていた。そしてすぐさま胴体と下半身も切り離される。
一瞬にして神父は三つのパーツに分断されてしまった。
すぐそばにある小さな気配が、目にいれずとも息を飲んだのが分かった。
私達船員はというと、やはりこうなるかと、目の前の現象をただ見守るばかりだ。


「な、なななななんだこれは!?」


ローは慌てふためく神父の切り離された頭の、短い髪の毛をむんずと掴み、自らの目線にそれを合わせると、不敵な笑みをその顔にたたえた。



「いかれ頭が。そんなものが本当に存在するとでも本気で思ってるのか?」
「いや、だから彼女が」
「話を聞いてやったのは間違いだったらしいな。おいお前ら、胴体と下半身海に落とせ」


先程このルドルフという少年を縛るよう言われたときとは打って変わって、誰もが文句をいう事なく彼の指示に従い、神父の体のパーツを数人で持ち上げた。


「まって!お願い、投げないで!」


叫んだ少年は、縛られた足で飛び跳ねる様にして一歩踏み出そうとする。しかし自由の効かない彼の足はすぐにつんのめり、甲板へと転がる。
転がるはずだった。

彼のいたいけなその姿に、元来の子供好きが災いし、私は思わず少年を受け止めてしまった。


「………っ!!」


すれ違いざまの一瞬の比ではない、言葉にならない悪寒が、全身をくまなく這い回る様に駆け巡り、全身の毛が逆立つ様な感覚に思わず目を見開いた。
ぞわぞわと整理的に受け付けない嫌悪感に、直ぐに少年から手を離し、肩をだく様にして蹲った。
蹲る間際に、結局甲板に転がる羽目になった少年が、その体勢にもかかわらず、キラキラと目を輝かせて此方を見ているのが目に入った。
そして後方の神父からも感嘆の声が上がる。


それもそうだろう。余りの嫌悪感に、隠すのが困難になった、コウモリの様な皮膜の羽と、ルビーのような真赤な瞳、そして鋭い犬歯が次々と私に現れたのだから。

シラを切る事が完全に不可能になる吸血鬼たるその証しが。



目次