日陰者は一般の港を使う事は出来ない。出来ない、というわけでもないが、好き好んでそこに停泊する海賊はいないだろう。
街から離れた今は誰も使っていないであろう廃れた港に、ハート海賊団の潜水艇は停泊していた。恐らく地盤沈下が起こる前は普通に使っていた港だったのだろう。今となっては街から離れた、辺りに鬱蒼とした森と岩礁と、そして捨てられた土地が近くにあるだけだ。しかし日陰者にはありがたい場所だった。
船番によって降ろされた縄梯子を使って船へと上がる船員たちを見上げていると、ふいに腰に腕が回された。当然隣にいるローであろうことは確認せずとも分かるため、特に気にもせず変わらず船を見上げていたが、頭上から聞こえた言葉に、思わず彼の顔を見る。
「“ROOM”」
「ちょ…」
「“シャンブルズ”」
初めの呪文のように唱えられた言葉に、瞬く間に広がった半球状の薄い膜に囲われた私たちは、次の言葉と同時に、目の前の景色は甲板へと早変わりしていた。
「そんな横着するような事でして?」
「なら降りるか?」
「そういう事ではなくてよこの捻くれ者。まあ、とりあえずお礼は言っておきましょうか?」
「いや…いい」
私の腰から手を離したローは、甲板へと縄梯子で上がってきた船員たちを確認するかの様に一瞥してから、船内へと続く扉へと足を向けた。
私もついて行こうと、足を動かしたところで、彼の動きがピタリと止まる。
「どうかして…?」
「船だ」
剣を使い柄で指した方向に目を向ければ、確かに島に沿う様に此方に向かい進む船が目に入った。
船は岩礁の多い島沿いの海をわざわざ通り、此方へと進んでいる。
不可解な行動に思わず顔をしかめた。
「普通わざわざ通るか?」
「よっぽど自分の腕を試したい航海士と操舵士ならなくはないかも?」
「ならその可能性に何を賭ける?」
「……賭けるなら別の選択肢にしましてよ」
そうだろうな、と呟いたローは、先ほどよりも険しい顔を深め、徐々に近づく船を睨みつける。私は船を観察するために、欄干へと歩み寄りジッと目を凝らし見つめた。
ジョリー・ロジャーを掲げていないそれは海賊船ではないのだろう。だが海軍も政府のマークも見当たらない。恐らくは一般人の船だ。
どこにでもある帆船。そんな印象だったが、一点妙に気になる箇所がある。船首像がいびつなのだ。いびつと言うよりも、飾りがあるという割には直線基調の単純過ぎる形なのだ。あれではまるで…。
「ねぇロー気のせいかしら」
「気のせいじゃねぇ。船内に入れ」
誰がどう見ても船首像が十字架の船に、思い出すのは先程まで酒を煽っていた酒場での、神父に気をつけろという忠告。
慌てて船内へと駆け込もうと、扉を開け放ったとき、異変が起きた。
「うわ!?なんだ!?」
「お、おいおい待て待て待て!!」
騒ぎ出した船員たちと、ドタバタと忙しなく鳴る足音に振り返れば、私を庇う様にして仁王立ちするローの背中が真近にあった。おかげで騒ぎの渦中を見る事は出来ない。
一体何事かと、彼の背に手をそえ隠れつつ、顔だけをそっと甲板に向けた。
するとそこには、船員たちによって追いかけられる、先程船へと帰る道中に、私とぶつかった少年が駆け回っていた。なぜ彼がここに。それ以前に子供相手に何を苦戦しているのかと思いきや、少年の足は異常に早く、それでいて甲板をキョロキョロと見回す余裕すら持って彼は走っていた。
「次から次へと一体なんなのよ…!?」
「お前はいい加減中に入れ!」
ローに押し込められる様にして船内へとたたらを踏みつつ足を踏み入れた瞬間、ぱっと此方へと顔を向けた少年としっかりと視線が交差した。
すると彼は明るい笑みを浮かべ、突進するかのごとく走り寄ってきた。
もともと逃げるのや隠れるのが得意な体質ではない。やるからには真っ向勝負が性に合う自分が、見つかった時点で船内に逃げるなど、幾らローに言われようも言語道断だった。
なぜ言う通りに動かないと責めるかのようにしかめっ面のローに睨まれたが、お構いなしだ。
十字架の船も気にはなるし遭遇も出来ればしたくはないが、向かいくる少年に向かい打つため身構えた。