お開きになったのは月も綺麗に輝く夜の帳も落ちた頃だった。

酒場を出た後に向うのは、当然就寝するための船である。各々寝る場所はあるのだから、宿などとるのはもったいない。というのがうちの方針だ。勿論、タダなら別の話ではあるが。


外に出た瞬間吐く息が白く染まった。酒の入った身体にもほんの少し冷たい風が吹き抜ける。
一番最後に酒場を出た私とローは、先を進む船員たちの背を眺めながら、彼らの後を焦るでも無く肩を並べ歩く。
肩を並べ、というにはいささか彼と私の身長は離れ過ぎて上下しているが、横に並ぶという意味合いを持っているのだから、おかしくはないだろう。

そんなくだらない事を考えていた矢先だった。

ふいに前方からこちらに向かって走って来る、小さな影が目に入った。
こんな時間に子供がいるなんて。非難めいてそう心中で呟くが、この島の情勢に詳しくも関わりもない私が考える事でもないかと、素知らぬ振りで通り過ぎた。

はずだった。

ドン

通り過ぎる間際に、走って来た少年の肩と、私の腕がぶつかった。


「…っ!!」
「ごめんなさい!」


声にならない悲鳴を上げ、思わず私は目を見開き、謝罪の言葉を振り返りもしないで走り続けて叫んだ彼を、ぶつかった腕を抑えながら某然としつつその遠くなる背中を見送った。


「…?」


私の行動を不振に思ったであろうローが、訝しげに声をかけてきた。


「…何でかしら、気持ち悪い。すごい、鳥肌たった」
「まさか、今のが神父か?ありゃどう見ても修道士だろ…、だから自称、か?」
「いいえ、聖職者って感じはなかったわ。どちらかと言うと邪悪というか、何というか…」


完全に小さな影が見えなくなったころにようやく、少年とぶつかった腕を摩りながら、ローに向き直った。
見上げたローの顔は未だ走り去った小さな影を探すかのように、彼の走って行った道を見つめていた。


「案外妙だな、この島は」
「そうね…。望んだ類の妙とは、また一風違いそうだけれど」


腕をさする速度を緩め、悪寒を和らげようと自らの腕を掻き抱く。それで鳥肌が立つほどの不快感が取れるはずもなかく、ただ眉をひそめ腕を抱く手に力をグッと込める。
すると咎めるように、ローが私の手にそっと彼の刺青の入った長い指を添えた。


「早朝には島を出る。もう会う事もねぇだろう」
「…そう、ね」
「それでも不安なら一緒に寝てやろうか?」


ニヤリと不敵な笑みをその顔にたたえながら発された言葉に、ふと笑みが小さくこぼれた。この場合の彼の言葉は本気ではないただの戯れだ。初心な娘ならばここで頬を赤らめたり、激怒してみせたりするところなのだろうが、生憎とその様な可愛げは持ち合わせてはいない。


「どうしても不安になったら、自分から貴方の部屋に伺わせてもらいましてよ」
「………心待ちにしてる」


すこし不貞腐れたように呟いたローは、先ほどよりは力が緩まった自らの腕を掴む私の手を解かせ、その手を繋いだまま、船への帰路を再び歩み出した。


不安にならなくとも、今夜は伺ってみようかとも思わなくはない。なにせ恥ずかしがるような仲でも、そうする事が不自然な仲でもないのだから。





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