航海の先にたどり着く島での冒険は付き物である。
そのために海賊をしていると言っても過言ではないだろう。探検家と海賊の違いなど、政府により公認されているか否か、それだけだ。
しかしながらそう思うよう上手く行かないのもまた航海。
今回私たちハートの海賊団がたどり着いた島は、地盤沈下で島の土地の半分が捨てられてしまったという以外、探検しがいのあるとは言い難い、至って普通という言葉を表したかのような島だった。
ただしこの時代において普通とは平和とイコールにはならないが。
そんな長居するには向かないこの島は、幸いにもログが溜まる日数は長くは無かった。
溜まったその日のうちに次の島へと向かうという方針に、反対するものがいるはずもなく、今この時点においての明朝に、この島を発つことが決まった。
夕刻になり、当然の様に船員たちが向かったウェスタンバーに、普段ならばついて行くのを拒む私だが、今回は自分でもよく分からない風の吹き回しを起こし、船員たちに混ざって島唯一のバー、「銀螢」へと足を運んだ。
着くなり早々にカウンター席へと腰をかけた私に、看板娘であろう可愛らしい娘が、ジッと此方を見つめ、何処か困った様な表情を浮かべた。
「どうかなさいまして?お嬢さん」
はっと自らが不躾にも見つめていた事に気づいたであろう娘は、顔をぱっと赤らめ、小さくすみませんと呟き、恥ずかしそうに俯いた。
可愛い。心中でそう呟きつつも口には出さず、出来るだけ相手を安心させる様な微笑みを彼女に向ける。
「思い当たらないのだけれど、何か困らせる様な事をしたかしら?」
「い、いえ、とんでもないです!」
「そう、それは良かった」
「あの…、この島では有名な話なんですが…」
「?」
「銀髪の女性を付け狙う自称神父がいるんです」
「あぁ、なるほど」
さらりとこぼれた自分の髪を一束軽く掴み、目のすぐ前で指をこする様にして銀の髪を弄ぶ。光の加減によってほんの少し虹彩を帯びるこの髪を、絹糸と例えたのは誰だっただろうか。
「とても綺麗な髪ですから…。気をつけて下さいね」
「ありがとう。気をつけるわ」
「それに、銀はこの島ではとても特別な色なんです」
「あらそうなの?」
「この島特有の、銀に光る蛍がいるんですが、その蛍を一緒に見たカップルは一生添い遂げるという言い伝えがあるんです」
「あぁなるほど。それで銀螢」
「まぁ実際、そんな蛍を見たって噂は聞かないんですけどね」
楽しそうに島の言い伝えを語る彼女に、弄んでいた髪を背に払い微笑めば、目の前の彼女もふんわりと微笑んだ。
これ幸いと彼女の手を取り、目をじっと見つめ、縁然としてみせる。そうすれば、一瞬目を見開いたが、またしても徐々に顔を赤らめた彼女は、どうすればいいか分からないといった風にその場に硬直する。
さぁ、あと一歩。自然と口の端が上がったその時、
「ラム酒を一つくれ」
その言葉と同時にガツン、と頭に衝撃が走った。
娘から手を離し殴られたであろう後頭部を押さえながら、きっと目を釣り上げて振り返れば、そこには案の定我らがハートの海賊団の船長が、長刀を携え佇んでいた。
私にこんな仕打ちをするのは彼しかいない。
「ちょ、今柄で殴ったわね!?」
「それと、こいつに麦わらワイン」
「あ、は、はい!すぐに!」
パタパタとカウンターの向こうへと去って行った娘を、名残惜しみながら目で追い、彼女の背が見えなくなったところで、私の隣の席へと腰掛けていたローへと向き直った。
「何のつもりでして人の楽しみを邪魔して」
「そいつは悪かった」
悪びれる様子も無くそう口にするローを恨めしげにしばし睨んでいたものの、いつまでもそうしている訳にもいかない。はぁ、と態とらしく一つため息を吐き、カウンターに頬杖をついた。
そこでふと先ほどまでの彼女との会話が頭を過ぎり、思わず苦虫を噛み潰した様な表情になる。
「神父ねぇ…」
「何だ急に」
「この島では有名な話らしいのだけれど、自称神父が銀髪の女を付け狙ってるらしいわ。だから気をつけてって」
「成る程」
ローはチラリと私の髪を目にいれ、普段から寄せがちなその眉根をさらに寄せ深い皺を作る。
そんな難しげな表情を見せる彼に、私はクスリと小さく笑みをこぼした。
「大丈夫よ、貴方がそばにいれば。守ってくれるんでしょう?」
「………」
この場合は沈黙は肯定と捉えるべきだと長年の付き合いから何も考えずとも理解できる。
決して私は非戦闘員という訳ではない。むしろこの海賊団においての私の役割は戦闘員である。素手での戦闘ならば、力自慢の男ですら凌駕することは、自他ともに認めるまごうことなき事実だ。
しかし今回、一点の不安要素がある。
相手が自称とはいえ神父という事だ。
「神父か…」
続けようとした言葉は、届けられた麦わらワインとラム酒に気を引かれたことによって、紡がれることはなかった。
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