「何やってんだお前ら」
不機嫌な面持ちがよく似合う不機嫌が滲み出た声が甲板に響く。
その声に条件反射でシャチとベポはピンと背筋を伸ばした。
二人と一匹が佇む方向を睨めつけていたローだが、彼らが取り囲む小さな女の子に気づくと一瞬目を見開いた。
船として機能しているか危うい船に、一人の子供。
あからさまに不自然な状況に、一体どういうことだとローは目線だけで彼らに問うている。
「いやちょっとおれたちも良く分かんねぇから、この娘から話聞いてて…」
「せんちょう!」
「は?」
「やっと戻って来てくれたのね!」
少女は涙の残る顔に満面の笑みを浮かべ、いても立ってもいられないとばかりにローへと駆け寄った。
少女は走る勢いのまま抱きつこうと手を伸ばしたが、ローはサッと身体をずらし直線上から立ち退いた。予定地に何もなかった彼女はタタラを踏んだ。
拒否されたことに不思議そうにローを見上げた少女だったが、それでも彼のそばにいたいらしく、ローの側で立ち止まり彼を見つめ、嬉しさを隠しきれない笑を浮かべ続けている。
「何だこれは」
「この船の船長と貴方が似てるのかしら」
「分かるように話せ」
「彼女、必ず帰ってくるって言ったこの船の船長の帰りを待っているそうよ。で、その反応見る限り貴方とその人が似てるのではなくて?」
そう言ってが少女を軽く指させば、ローは自分の身長の半分もない小さな女児をチラリと見やる。
ローの目に映るのはなんの疑いもなく彼を見上げる純真な目をしたただの子供だ。
「そうみてぇだな」
少し困惑したような表情をローが浮かべるのも当然だ。普段海賊である彼は子供からはその真逆の反応しかされない。
だがその珍しい反応に彼の船員たちは一様に目を丸くした。
珍しい表情を見せるローにキョトンとしそれに加え動けなくなったシャチとベポとは逆に、は早足で少女に近づき、彼女の肩を優しく掴むと自分の方にへと引き寄せた。しかし少女はに抵抗しその場から梃でも動かないといった様子だ。
「お嬢さん、ちょっと離れましょうか」
「な、なんで?」
「この人は危ないからね」
「なんだその言いようは」
「ね?」
は屈んで少女に目線を合わせ、微笑みながら言い聞かせるように念を押す。
しかし彼女はぶんぶんと首を振るとの手を振り払いさらにローへと近づいた。
「あ、危なくないよ。せんちょうはいつも優しいもん」
「貴方の船長はきっとそうなのでしょうね」
立ち上がったはまたしても少女を引き寄せようとしたが、彼女はローの背後にまわり彼を壁にするようにしてから逃れようとする。
は困ったように微笑みつつも、少女の後を追い捕まえようとし、それを拒む少女は逃げる。
ローを中心に繰り広げられるそれはまるで父親を取り合う母子のようだ。
微笑ましく見えなくもない光景だが一点不審な点がある。
が少女をローに近づけまいとしていることだ。
普段のであれば、愛でる対象である子供が、はたまた愛でる対象であるローに近づこうと、その光景を嬉しそうにただ眺めるだけのはずである。
違和感を拭えない男達はクエスチョンマークを頭に浮かべながら女二人の攻防を眺めた。
だがなかなか終わりそうにないそれに痺れを切らしたであろうローに、は腕を掴み動きを止めさせられ、彼は少女にむけて抑揚のない声で言った。
「おれはこの船の船長になった覚えはねぇ」
「な、何…?」
「おれはお前のことを知らねぇ」
ローの放った言葉に、少女は先ほどまでとは一変し、彼を凝視しながら絶望したといわんばかりの悲壮な面持ちで、元々青白い顔をさらに青くした。
「う、うそ…。違う…」
呟いた彼女はギュッと目を瞑ると、俯いてぶんぶんと首を振る。そしてローの言葉を認めまいと否定の言葉を必死に叫ぶ。
「違う!!」
「お嬢さん、気持ちはわかるけれど…」
「違う!船長は騙されてるの!」
「何か面倒くせぇことになってきたな…」
「…この人達が悪いのね」
顔を上げを睨んだ彼女は、少女には似つかわしくない親の敵でも見るような凄まじい形相をしていた。
「あなた達はいらない!出てって!」
彼女が叫ぶと同時に起きた突風に、は思わず目を瞑る。腕を盾にし、少しだけ瞼を上げたその時、フワリとの身体が宙に浮いた。
吹き飛ばされると彼女の頭に過った瞬間同じ事を思ったであろうローはに手を伸ばした。
その手を取ろうとも手を伸ばしたが、更に勢いの増した風にローのいる方向とは逆に飛ばされ彼女の手は空を握った。
そしては船から弾き飛ばされた。