先ほどまでは茹だるような暑さから逃れ、涼むためみ甲板に訪れた者がほとんどであろう。しかし一瞬でそこにいる殆どが、怖気が走り背筋が寒くなり、体温が急低下した者ばかりになった。
助けを求める子供の声はそれだけの恐怖心を煽る力を兼ね備えていた。


「子供の声ねぇ」
「そうだな」
「なんであんたらそんなに冷静なんだよ…!」


先遣隊に指名されたシャチは青ざめた顔でもうここは去ろう!と叫ぶものの、決定権のあるローは全く素知らぬふりを決め込んている。
しかし、本当に生きた人間の子供がこの船に乗っているのならば、それを放っておくのは絶対に駄目だと、潜水艇より大きくそして冷気を纏っているかのように見える幽霊船をは見上げた。


「やっぱり幽霊船なのかしら」
「やめろおおおお!この世にオカルトなんて実在してたまるかあぁ!!」
「またそれ?なら私ももう一度言うけれど、なら私は何なのよ」


が不機嫌に言えば、何のことだとシャチは首を傾げる。しかしハッとしたようにそうだったと手を打った。
吸血鬼たるはその存在がオカルトだ。
しかし俗世に馴染みきった彼女にその事実を忘れているらしく、船員の殆どはシャチと似たような反応を示した。


「これ、いい反応かしら。それとも悪い?」
「てめぇで決めろ」


素っ気ないローの返事に、はむっとしかめ面で彼を睨んだ。その瞬間。


「助けて…」


またしても聞こえた声に、ははっと真顔で気を引き締め船を意を決したように見上げると、今度こそ皮膜の羽を広げ、幽霊船へと飛び立った。


「おい!戻ってこい!」
「子供がいるかもしれないのよ!?助けないと!」


静止の声を振り払い、は幽霊線の甲板へと着地した。
当たりをぐるりと見渡し子供がいないかを確認するが、人影どころか人の気配さえも感じることができない。


「誰かいないの!?何もしないわ!助けに来たのよ!」


海賊船からやってきた者にそう言われたところで、信じることはできないかとは内心自嘲するが、怪しいものではないと言ったところで更に怪しさが増すだけだ。
警戒して出てこれないか、はたまた人に姿を見せることができないのか。
一体どちらだろうと考えていると、明らかに子供の重量ではない、ドンという着地音が耳に入る。
視線を写せば先遣隊に選ばれたベポとシャチが甲板へやって来たところだった。
船内探検を楽しみにしているであろうベポと、未だ及び腰のシャチはなんとも対照的だ。


、誰かいた?」
「いいえ。人影もなければ気配もないわ」
「おいおいおい不吉な事言うんじゃねぇよ…!」


やっぱり戻ろう!とシャチはベポのツナギの袖を掴み引っ張るが、人間が熊を力で誘導させるなど土台無理な話である。ただベポのツナギが少し伸びるだけだ。


「人気がないってことは隠れてるわけでもないのか…?ってことは船内かな。入れる場所は…」
「いや、でも潜水艇まで聞こえてたしよ、やっぱここにいるんじゃねぇか?」
「どうせ船内には行くことになるのよ」
「い、一度船長の指示を…」
「却下。二対一で中の捜索に決定」
「いつの間に多数決になったんだよ!」
、あっちに扉があるよー」
「おれの話を聞けええええ!」


地団駄を踏むシャチを放置し、とべポは扉へと進んでいく。
一人放置されることに恐怖心をかきたてられ耐えられなくなったであろうシャチはすぐさま彼らに駆け寄った。
幽霊船には似つかわしくない小綺麗な扉はきっちりと閉まりまだその役目を果たしている。はドアノブをまわそうと腕を伸ばしたが、ピタリと動きを止め肩を押さえた。


「お前、まだ自分で撃った傷治ってねぇんだろ…無茶すんなよ」
「これくらい問題ないわ…。それに、自業自得だもの」


痛みを散らすようにふぅと息をつき、改めてはドアノブを回すが、ただガチャガチャと音だけが響き、扉は押しても引いても開かなかった。


「これは…鍵が閉まってる音でもないわ。変ね」
が呼ばれてない建物だからか?つっても船だけど」
「こんな反応初めてだからなんとも…。普通ならドアノブにすら触れないわ」
「…つ、つまりこれでおれらも開けれなかったら幽霊船決定だよな…」


濃厚になってくる確証に、さっきまで平然としていたベポもさすがに顔を青ざめだした。


「…いっそ壊す?」


が一人と一匹に問いかけ、彼ら二人の顔を交互に見やった時だった。


「やめて!」


突然聞こえた第三者の声に、彼らは勢い良く声の聞こえた方向に振り向いた。
警戒心の強い三つの眼差しに晒されているのは、年端も行かないいたいけな女児の姿だった。








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