霧が阻む海に囲まれた島を出航し、潜水艇のその本領たる潜水走行で魔の海峡を抜けたハートの海賊団は、海上に霧がなくなったことを確認すると早々に船を浮上させた。
何しろ海底に潜った潜水艇の温度は高い。その上冷却装置は機器を冷やすためのもので精一杯であるため私室には完備されていない。
毛むくじゃらの船員が一匹いるハートの海賊団にとっては、あまり長らく潜水状態を持続するわけにもいかないのだ。
海上走行へと移行すれば、殆どの者が蒸し風呂状態の船内から脱出するために甲板へと移動する。
例に漏れずも扇子で自らを扇ぎつつ、暑さに気力をそがれ中々進まない足をゆっくりと動かし甲板へと向かっていた。
しかし甲板へと辿り着いたであろう船員たちの驚愕の色が伺える声に、彼女は気を引き締め扇子をパチンと小気味良い音を鳴らし閉じながら足を速めた。
「何?どうかし…て…」
問いかけたものの甲板の状況を見たは現状を把握した。
霧が晴れたからこそ浮上したのであり、まさか外に出た瞬間それに遭遇するとは思ってもみなかった。
恐らくこの場にいる者が全員そうなのだろう。
濃霧ではなく、甲板にいる人数は把握できる程度の軽いものではあるものの、あたりの海は薄っすらとした霧に包まれている。
「まだ海峡を抜けてなかったのか?」
「いやそんなことねーよ。それにさっき確認した時は晴れてたし」
「見間違えじゃねぇの?」
「んなわけあるか!」
言い合う彼らをよそに、脅威はないのならばとにかく今は涼もうと、は欄干まで早足で近づいていく。
しかし数歩進んたところで、彼女の常人よりはるかに優れた視力が船先に捉えたものピタリと足を止めた。
「あら、幽霊船?」
「へぇ…。は!?」
まるで道端に見慣れない花でも見つけたように軽く発せられたの言葉に、さして興味を示さなかった船員たちだが、言葉の意味に気づくと慌てての視線の先を追った。
初めは霧に阻まれ何も見えなかったが、次第に潜水艇に近づき大きくなる影に、彼らは息を呑んだ。
幽霊船にありがちな、折れかけたマストにはボロボロの帆が引っかかるようにぶら下がり、年季の入った船首の女神像はどこか影を負っているように見える。まるで全体が冷気を纏う独特の雰囲気は見る者に不安感と寒気を覚えさせた。
さらに船は潜水艇を目の前に不自然にも動きを止めたのだから尚更だった。
「霧もこれのせいかしらね」
「ややややめろおおお!この世にオカルトなんてあってたまるか!!」
「なら私は何なのよ」
叫び声を上げた船員をむっと顰め面で一睨みし、はもう一度幽霊船へと視線を移した。
年季の入った船だが、船自体はマストさえどうにかすれば、まだまだ使えそうだった。しかし折れかけたマスト事態も、腐朽して折れかけたのではなさそうであるため、帆が不自然に風化しすぎているのが不可解だった。
マストだけでなく全体的に根拠はないが不可解だと、幽霊船に好奇心を擽られたは、船に向かおうと皮膜の羽を出現させ飛び立つ。
はずだったが背後から肩を掴まれ出現させるタイミングを逃してしまう。
このタイミングの良さはそれだけで顔を見ずとも誰であるかを彼女に伝えていた。
「止めるのではなくてよロー」
「馬鹿こういうのは無鉄砲な奴が行くもんじゃねぇ」
「せめて馬鹿か無鉄砲どっちかにしてくれないかしら?」
振り返りざまに肩を掴まれている手を振り払い、はキッと背後に佇むローを睨みあげた。
「それなりに装飾が施されてるし、中にお宝があるかもしれなくてよ?」
「エルドラドで十分手に入っただろ」
「いくらあっても困る物じゃないでしょう?だから…」
行ってくるわ。と続けたはくるりと方向転換しまたしても飛び立とうとしたが、これもまたローに肩を掴まれそれを阻まれる。
二度も阻止されたは不貞腐れたように少し頬を膨らまし肩越しに据わった目でローを見やるが、彼は素知らぬ振りで目の前の幽霊船へ先遣隊を遣わすべく指示を出す。
「まずシャチとベポが行け」
「えぇ!?おれっすか!?」
「アイアイキャプテン!」
逃げ腰のシャチと興味津々と言わんばかりに早々に準備を始めた対照的な二人を、羨まし気には仏頂面で見つめた。
そして直ぐ様幽霊船に渡るべく縄梯子を持ち出して来たベポが甲板に戻ってきたその時だった。
「助けて…」
掠れるような悲壮感の漂う、少し高い幼い少女の声が甲板に木霊した。