船内のの私室に運び込んだ、精神だけははこの部屋の主である、外見は似ても似つかない少女にローが治療を施した後、事の成り行きを全て聞き終わったローは盛大にため息を吐いた。
ヘッドボードにもたれ掛かるは苦笑を漏らす。


「この性悪女が…」
「あら、今に始まった事ではなくってよ。それに初めから疑ってかかっていたとはいえ、体はすぐ返してもらえる予定だったのだから。とはいえ、悪かったって言ってるじゃないの。」
「まるで反省の色が見えねぇよ」
「まぁたいしてしてないものねぇ。楽しくはなかった?いかにも守ってあげたくなるような女の子がずっと側にいるのは」
「馬鹿言うんじゃねぇ」


不思議そうにローを見つめるは、本当にどうして楽しくはなかったのか分かりかねるといった面持ちだった。
がローの側に寄りつく女に対抗心を燃やす事もなく、ローが何故その女と上手く行かないのかが分からないと言うのは、今に始まった事ではない。
永く生き過ぎた故の弊害。感情の破綻。根底ににある、彼女より寿命の短過ぎる先に逝くローへの諦め。
全てが折り重なり複雑に絡み合い、常人とは身体どころか精神までも違ってしまった彼女を、諦めるのではなく理解し、寛大に受け入れ受け止めると決めたのはロー自身だ。
だからこそ、こんな状況でもローはからの愛情を疑った事はない。


「おれは…、日光に弱いくせに外に出たがって、建物に入るのも手間がかかるくせに彼方此方行きたがって、食事を得るのも一苦労のだってのに選りすぐりしやがるくらいの奴の方が、…よっぽどずっと側にいて守ってやりてぇよ」
「あら……ふふ、そう。じゃあ、出来るだけそうしましょう」
「出来るだけってお前な…」


出来るだけというらしい言い回しに呆れたとばかりに肩を落とせば、はクスクスと微笑んだ。
彼女の見せる表情は、普段と変わらない、見守る者の慈しみが見え隠れする独特の雰囲気たる婉然としたものではある。しかし、造形が違うという最大の違いは、ローが顔を顰めるには充分な理由だった。
そんな彼を見たははたと動きをとめ、ローの意図を汲み取るためか彼をじっと見つめる。そして徐にローの頬に手を伸ばしかけたが、その手がローに届く前にぴたりと動きを止め、軽く握りそれを見つめ、再び膝の上へと戻した。


「この手で貴方に触れて良いものなのかしらね?」


ポツリとが呟いた言葉は、ローに問いかけるというよりも自問している様だった。
反射的にローは膝で握られるの手を取り引っ張ると、必然的にローへと引き寄せられるをスッポリと覆う様に抱きしめた。


「………違和感しかねぇ」
「あ、あら、まぁ。…私は、落ちつくわ、ね……。ありがとう」
「何の事だ」
「ふふ…何でもないわ。何だかこうしてると、自分の身体じゃないって、忘れそうよ」
「見なけりゃ違和感は声と感触だけだな」
「可愛いじゃない私より高めの声も、いかにも大事にされて来たって感じの綺麗な身体も。慣れればいいのよ」
「慣れるほどお前をこの身体でいさせるつもりはねぇ」
「…そうね、流石にずっとって訳にはね…。………この身体で、貴方の子供を産むのは、何か違うわ。違うから…」


はポンとローの胸板を軽く叩き腕を解かせると、ベッドから降り立つ。
そしてベッドに座るローを見下ろしニヤリと腹に一物のある笑みを浮かべた。


「あの子に会ってくるわ」
「追いかけた奴が帰って来たらな」
「追いかけなくても、行き先は一つしかない、って気づいたの。あの箱入りお嬢さんが森の中にいつまでもいるわけ無いでしょうし、招待された建築物以外に吸血鬼が入れる建物は無い。じゃあ、行く場所は一つよね?」
「なるほど。なら、おれも行く」


腰を上げようとしたローは、ふいに下ろされたの手を額にピタリと当てられ、その手を振りほどかなければ立ち上がる事が不可能となる。
何のつもりだと睨みあげれば、は小さく首を傾げ笑みを深めた。


「少し待っていて頂戴」
「お前な…今はただの女でしかねぇってのを忘れてねぇか?」
「忘れてなくてよ」


それ以上何も言わず、数秒見つめあっていたが、折れないと決めたは全く折れないという事を理解っているローは腕を組みため息を小さく吐く。
それが許しの合図と察したは踵を返し自室を後にした。


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