数百年ぶりの夜食を存分に堪能したは、上機嫌を隠せない面持ちとその雰囲気を醸し出しつつ、執事の後を着いて歩く。
広い邸ではあるが、構造は思いの外シンプルであり、同じ構造の階層が幾つも続いている様だった。
どれくらいの階段を登ったか。少女の身体は足が疲労を訴えだし、の足取りとせっかくの上気分は段々と悪くなる一方だった。


「ねぇ…貴方、能力で連れていってくれないの?」
「…クラヴァットと申します」
「じゃあクラヴァット、疲れたわ」
「場所は把握してもらっておいた方が良いでしょう。もしものときの為に」
「まあ、そうだけれど…」
「それに、もう少しです。頑張って下さい」


彼の言う通り、間も無く二人は最上階まで辿り着いた。そして長い廊下を突き進んだ先にある一つの大きな扉を開き、クラヴァットがガス灯の明かりを着ける。
明るくなった広間での目に飛び込んだのはは、ガス灯の光を跳ね返す所狭しと並べられていた数々の黄金だった。
あまりの光景に思わず駆け寄ったはキョロキョロと落ち着きなく広間中を見渡す。


「な…こ、これは…、流石に圧巻、ね…」


手近にあった黄金の杯を手に取ったは、マジマジとそれを見つめた。


「黄金でできた人だけではなかったのね…」
「この奥の部屋に、一番大きな黄金、この邸を作らせた男の像があります」
「無駄に大きな邸を作ったり、自分の像を黄金で作ったり、随分と自己主張の強い人ねぇ」
「随分と昔の人ですので、詳細はわかりません。彼の像は見ますか?」
「後でね。それより聞きたい事があるわ」


杯を元あった場所に音を立てぬようゆっくりと丁寧に戻し、は出入り口付近で彼女から視線を離さないクラヴァットと向き合った。


「対価が大き過ぎる気がするけれど、そこまでする意味は?」
「清浄過ぎるこの島で育った私たちは、この島を出る事が出来きないそうです。それに、航海術を持たない我々が島を出たところで、濃霧の海に遭難するでしょう。だから、外に焦がれる気持ちはよく分かります」
「それと、彼女への忠誠心?」
「………」
「へぇ…。まぁ、野暮なことを聞くのはやめておきましょう」
「それに、先程お嬢様も言いましたが、この島は近いうち、恐らく閉ざされた島ではなくなります。この黄金の山は、争いの種にしかならないでしょう」


クラヴァットの言葉には改めて広間に保管されている黄金の数々を無言のままジッと見渡した。
広間の中を占領する埃一つ被らず、色褪せる事もないそれらを、一つ一つ見定める様にゆっくりと視線を移した。


「外交カードの一つになるかも知れない物よ?」
「それでいて戦争の火種です。我らに戦う術はありません」
「平和ボケの代償ね…。にしても、貴方よっぽど手放したいのね」
「この黄金を守ることが彼女の一族の使命です。この、黄金などなんの価値もない島で…」
「なるほど。何とかは馬に蹴られろってことね。この場合は黄金になるかしら」


はふふと微笑むと、もう一度杯を手に取りそれを頭上に掲げ、それを見上げながら彼に問うた。


「数日入れ替わって上げるけれど、もう一つ条件があるわ。よろしくて?」
「…何でしょう」


頭上に掲げた腕を胸元まで下げたは、杯でクラヴァットを指すように向けてみせた。


「もしもあのお嬢様が、何を間違ってか私の姿のままで島を出ようものなら、貴方の命を頂くわ」
「…!」
「そうすればエルドラドは手に入らずとも身体には戻れるでしょう。もしも私が黄金に目も眩まずお人好しでもなくて、すぐにでもその行動をとる。なんて、あの子はその考えには至らなかったのかしら?…そんな浅い考えの彼女の為に、貴方は命をかけられて?」


の縁然としていながらも、何処までも冷たい笑みを向けられたクラヴァットは、少女の身体には似つかわしくないその雰囲気にグッと息を詰めた。
しかし彼は挑むようにを見据えた。


「当然です」
「ふふ…よろしくてよ。交渉成立ね」


満足した様に微笑んだは杯を手にしたまま広間の出入り口へと足を進めた。


「奥の部屋は見ないので?」
「明日にしましょう。それよりも考えないと」
「?」
「せっかくの珍しいこの状況。楽しまない手はなくってよ。さぁ、どんな風に演出してやろうかしら?」


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