が目覚めたのは、最高級であろうフカフカの柔らかいベッドの上にて、月も高く上がり煌々と輝く頃だった。
その柔らかさを堪能する間もなく上半身をガバと勢いよく起き上がらせ、は周囲にザッと目を走らせる。
先ほど少女と対面し、気絶させられた部屋ではない。
それだけを確認すると、ベッドから降りようと足を滑らせるが、その身体がまるで思うように動かない事に顔を顰める。
それでもベッドから降り立ち、重い体に鞭打ち足を進めると、通り過ぎようとした全身鏡に違和感を覚え立ち止まる。
もう一度確認した鏡には、ついさっきまで目の前にいた少女が反転して写っている。が目を見開けば、鏡の中の少女も目を見開いた。
「…なるほど?」
発した声が普段と全く違う事にまた顔を顰めた。
少女との精神が入れ替わっている。にわかには信じ難いが、がそれをすんなりと受け入れる事が出来たのは、身近にそれを出来る人間がいたからであろう。
身体が動きにくいと感じるのは、身体能力が突出している普段の吸血鬼の身体から、一般人でありその上いかにも運動とは縁のない少女の身体になっていたからだ。と、の納得がいったと脱力した途端に彼女の胃がキュッと音を立てる。
徐に胸の下部を片手で抑え、知識としても、遠い過去の記憶としても知る、空腹という生理現象に、は目を丸くする。
普段感じる空腹という物は、血を求める疼く様な乾きだ。臓器が鳴るという事はない。
それに感動を覚えつつ、確かベッドサイドに果物が飾っていた事を思い出す。が振り返れば記憶通りに籠の中に果物の盛り合わせがそこにはあった。
いそいそとそれに近づき、リンゴを一つ取ると籠のそばにあった果物ナイフを手に取る。
そして皮を剥こうとリンゴに刃を添えた瞬間、ノックもなく扉がカチャリと小さく音を立て開かれた。
瞬時に気を引き締め視線を移せば、を気絶させた執事が、ピッチャーを手に部屋に足を踏み入れていた。
はすぐさまナイフを片手に彼に向かい走りだし、彼の腕をつかむと喉元にナイフを当てがった。
執事の手からするりと落ちたピッチャーは床に叩きつけられ、水が流れ落ちた。
「戻しなさい。いったい何なのこの状況は」
執事は首筋にナイフがあてがわれているにも関わらず、眉一つ動かす事なく少女の姿のを見下ろした。
「ほんの数日だけ待っては頂けないでしょうか」
「それを聞くほどお人好しじゃなくてよ」
「ただでとは言いません。エルドラドをお渡しすると言えば、どうでしょう」
「!」
少女の話したこの邸にあるという黄金で出来た人、つまり達ハートの海賊団がこの島にやってきた目的そのものである。
は口角をついと上げた。
「本当かしら?」
「私としても、お嬢様に逃げられるのは、遠慮したい。しかし、彼女のわがままを叶えて上げたいのです。ですので、少しだけ、お願い致します」
そう言った執事は徐にナイフを掴むの腕を軽く掴んだ。すると瞬時にの手からナイフは消え去ってしまい、空を握ったは目を見開いた。
それだけではない。自分の手からナイフが消えただけではなく、先ほどまで何も握られていなかったはずの執事のもう片方の手には、ナイフが握られている。
は執事の手を振り払うと、一歩彼から遠ざかった。
「貴方、能力者ね」
「そうです。あらゆる物を入れ替える事が出来ます」
「精神でさえも、か。まるでオペオペの実の劣化版ね」
二人の精神が入れ替わり、事件の引き金を引いた張本人は被害者の目の前にいる。その上、起こったきっかけは妖術ではなく悪魔の実である。分かってしまえば単純な話に、案外自分の状況はどうにでもなるかとは小さくため息をつく。
「良いでしょう叶えて上げましてよ?可愛い女の子の願いだもの。ただし、エルドラド…本物かどうか見せて貰わないとね」
「承知しております。その前に」
「?」
「お夜食は如何ですか?様」
普段自分に向けられる事のない言葉には目を丸くしたが、空腹感を思い出し彼女はすぐさま満面の笑みを執事へと向けた。