時は事の始まりの数日前に遡る。
少女を見留めローに荷物を任せたは早々に邸を訪問した。
不信がられる事もなく迎え入れられる事は、彼女にとってめずらしい話ではない。相手の思考を放棄させるほどの魅力。それを駆使すれば潜入などお手の物である。
しかし執事然とした男はどうやら思考を放棄してを案内しているわけではなさそうだと、は目の前を歩く執事の背中をジッと見つめた。


「得体の知れない者が訪れるのは、珍しい事ではないのかしら?」
「いいえ。顔見知りではない訪問者は初めてです」
「あらそれは光栄ね」
「ただ、お嬢様はそれをずっとお待ちでした」
「………」


意味深長な言葉には先ほど窓越しに見た少女を思い出す。
達を見ていることに気づかれ直様身を翻した少女。しかしその一瞬で、少女は確かにを呼び寄せた。
そんな確信が彼女の中にはあった。

間取りからして少女が外の様子を見ていたであろう部屋まで執事に案内されると、がこの屋敷に訪れるきっかけとなった少女が、不安げに眉をハの字にし、手を胸元でギュッと握りしめながら窓辺に佇んでいた。


「こんにちはお嬢さん。私を呼んだかしら」
「はい、呼びました」
「エルドラド、貴方確かにそう言ったわね?」
「はい…」


の中の確信。身を翻す前に彼女は確かに小さくエルドラドと口を動かした。吸血鬼たるの常人離れした視力だからこそ気づいたのであり、ローは気づくこともなく少女に興味も示さなかった。
間違いではなかった事には縁然と微笑んだ。


「街の人は知らなかったみたいだけど、貴方は知っているのね?」
「この家は、エルドラド…黄金で作られた男性の像を保管するために作られました。巨大な富は争いしか生みません。だから、私たちの一族とその従者しか正体を知らないのです」
「!…なるほど、黄金の人ってそういう事…」


黄金という島の外の噂も、人であるという島民の噂も、どちらも間違いではなかったその答えには納得したと一度頷いた。


「貴女は、宵闇のさんですよね?」
「…なに?」
「新聞にでてました。ハートの海賊団銀髪の美女で吸血鬼って」
「世界状勢の分かる新聞?この閉ざされた島に?」
「ここ最近は、この島にもニュースクーが頻繁に訪れるようになりました。それに、海の中を走る船も出来ているとか…。きっことの島は、遠くない未来に閉ざされた島では、なくなります…」


ゆっくりと言葉を探すようにし少女は話しながら、壁際の机へと近寄り一冊の新聞を取る。そしての目の前までくると、俯き目を合わせずに新聞をおずおずと差し出した。
随分内向的だと頭の隅で考えつつはその新聞を受け取り、目を走らせる。


「ハートの海賊団銀髪の美女で吸血鬼、またはそれに準ずる能力者、故に撮影は不可…」
「なぜ似顔絵も、ないのでしょう…?」
「去った後に印象に残らないようになっているのよ。目の前でジッとでもしていないと、似顔絵も無理でしょうね。…にしても、あぁ…ついに私もお尋ね者か…」


永らく生きて来たにとって初めてであり、そしてこれから永らく生きていくに少々面倒な事になったと、は頭を抱えたくなった。


「本当に、吸血鬼…なんですね?」


俯いた顔を少し上げ、上目遣いでの顔を覗き込む、造形の整った面持ちの少女に、元来の女好きも相まっては気分を一変させ満面の笑みを返す。


「貴女は信じる?吸血鬼の存在を」
「絶対の美貌…未知の力!凄いと、いれば良いと、思います…!」


徐々に羨望の眼差しに変わり、その色が濃くなる程に、から笑みが苦笑へと変わる。
少女から手に取るように伝わる力への憧れ。欲しくて手に入れたわけではないにとって、それは認め難い感情だ。


「だからではないのですが…、ほんの少し…変わって欲しいの」
「…は?」


少女の言葉に虚を付かれた瞬間、出入り口に控えていたはずの執事が突然彼女らの隣に現れ、二人の腕を掴んだ。
直様振り払おうとしただったが、急に眩暈のように平衡感覚が失われ、まるで乗り物酔いの様な感覚に苛まれ視界が暗転した。
しかしそれは一瞬の出来事だった。早くも戻った平衡感覚にハッと瞼を開くと、先ほど見ていた部屋ではあるものの位置が違う事に気づく。
そして何より違うのは目の前に、先ほどの少女ではなく、うねりのない長い真っ直ぐな銀髪に、紫の大きな瞳、そして彼女にとって見慣れた模様もない闇を連想させる真っ黒い衣装を纏った女がそこにいることだ。


「な…!?」


唐突な出来事に背後に飛びの退こうと足を動かせば、身体がまるで鉛の様に重く針金でも入った様に上手く動かせずたたらを踏む。
今にも転びそうな目を白黒させるの手を執事が引っ張ると、執事は流れる様にの首を強く叩きつけた。
そして今度こそは気を失った。


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