息を切らし疾走する少女は真っ直ぐ邸を目指す。
しかし船から邸までの距離を、華奢な少女が走り続ける事など叶うはずもなく、限界を迎えた少女は足を止め呼吸荒げ額につたう汗を拭う。


様」
「…ハッ、…っ、迎えが遅いんじゃなくて?」
「申し訳ありません」


少女はいつの間にか現れた執事を一瞥し、まだ荒い息を整える為に深呼吸を繰り返した。


「それで、彼女には近づけそうですか?」
「無理ね。彼、ある程度警戒は解いてはいるけれど、近づこうってなると、きっと容赦無く心臓潰してくるわよ」
「…そうですか」


流れる重い空気と現状に二人は押し黙る。
そして少女は思案する様に顎に指を当て、うーんと小さくうめき声を上げて呟いた。


「それに、あの子逃げる気なのよね。島から出たいと言い出した様よ」
「それは困りました」


そう応える割には、全く顔の表情筋を動かす事なく真顔で答える執事に、少女は呆れたとばかりに額に手を当て大きくため息を吐いた。


「貴方ねぇ…全く困ってる様に見えなくてよ。どうにかならないのその乏しい表情」
「なりません。兎に角、逃げられるわけにはいきません」


そう言った執事は、ほんの少しではあったが、グッと目に力が入った様に見えた。そんな彼に少女はふっと微笑んだ。


「あら、出来るじゃないそれなりにいい表情よ」
「光栄です」
「そう言いながら表情戻すのではなくてよ」


ようやく息が整った少女はもう一度だけ深呼吸すると、背筋を伸ばし改めて執事と向き合った。


「で、本題に戻しましょう。彼女、逃げてしまえば貴方の手では戻せないの?」
「手を掴んでいないと戻す事はできません」
「ということは、分かってるからこそ今日邸の前で早くテリトリーに帰りたがったのね」


面倒だとばかりに、少女は腰に手を当てやれやれと首を大きく左右に振る。


「随分と良くして上げた割に仇で返されるなんて、安請け合いなんてするものじゃないわ…」
「それでも、エルドラドが欲しいのでしょう?」


執事の言葉に少女はピタリと動きをとめ、そしてゆっくりと口角を上げると、挑戦的に目をギラつかせ執事を見据えた。


「誰もが望む事でしょう?」


可憐な面差しと華奢な躯体の少女には似つかわしくない、凄みの効いた眼差しと雰囲気に、執事は息を飲み半歩後ずさる。
圧倒される彼を見ながら少女は縁然と微笑んだ。


「ま、エルドラドは手中に入ったも同然。あとはこの状況をどうにかする方法を考えましょう」
「そう…ですね。このままでは私も不本意ですから」
「………そう」


さみしさを滲ませ俯いた執事に、少女も同じくさみし気に、そして何処か困ったように微笑んだ。


「ところで様、夜食の準備ができています」
「あら!待ってました今夜は何かしら!」


少女は先程までのやり取りはなかったかの様な、パッと明るい満面の笑みを浮かべた。そして彼女が差し出された執事の手を取ると、その場には静寂が訪れた。
まるで初めから誰もいなかったかの様に。



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