縄梯子を適当なところに放り投げたローは能力を使い甲板へと戻る。
そろそろ寝るかと頭の隅で考えながら、船内へ続く扉へと向かうはずだったが、欄干にもたれかかる人影が目に入り脚を止める。


「ペンギン、見ていたのか」
「あ、はは……、もうバッチリ。あんた何慣れあってんすか…」


明らかに件の鍵を握る重要人物と、険悪になるでもなくただ話すだけ、という状況は、確かになれあっているとしか言いようがない。
返す言葉もないとばかりにローは苦笑した。


「なんというかあの娘、に雰囲気似てましたね」
「雰囲気どころか名前まで同じらしいぞ」
「えぇ!?妙な偶然もあるもんだ…、で、の性格が変わっちまったからあの娘に乗り換えるんすか?」
「んなわけねぇだろ何言いやがる」
「いや…良い雰囲気な気がしたもんでつい…」


ギロリと限りなく冷たい目をしたローに睨まれたペンギンは身を縮こませ、口角をヒクヒクと動かし乾いた笑い声を小さく立てる。
ロー自身ペンギンの言葉が、ただの軽口でしかないと分かりつつも、目頭を立てた事に内心焦りを覚える。
どうにも元のが居なくなってからと言うもの、感情のコントロールが上手く出来ていない。
気を落ち着かせる為にも目をグッと瞑りゆっくりと息を吐く。
そして出来るだけいつもの表情を取り繕いペンギンを見据えた。


「で、何か用があるんだろ?」
「あぁ…はい。今後ので聞きたい事が一つ」
「……」
「まさかあの状態で世界中連れ回そうってわけじゃないですよね…?」


ロー自身も考えなければならないと思いつつ、それでも記憶が戻らないという想定を拒否し、後回しにしていた問題を改めて突きつけられ、彼は黙する。
大海賊時代にジョリー・ロージャーを掲げ、偉大なる航路を航海する限り、常軌を逸した危険は避けて通る事は出来ない。一瞬の迷いが生命の危機に陥る可能性など幾らでもある。
ただし吸血鬼たる彼女は死ぬことはない。しかし連れ去られ虐げられ、死ぬ事もままならない地獄を味わうなどという事になりうる可能性はなくはない。
実際ローはから、過去にそんな思いをさせられた時代もあった、と話をぼかされながらも聞いた事がある。
行動力のあった彼女でさえそれならば、今の挙動不審なにそれが回避できるとは思えるはずもない。
どうすれば良いかなど、考える事もなく答えなど出切っている。


「なぁペンギン」
「はい」
「昔と交わした契約がある」
「…?」


唐突なローの言葉にペンギンは訝しげに彼を見た。
ローはただ星空を見上げて淡々とその内容を語る。


「あいつの願いを叶えようとする代わりに、おれもあいつに願った。いつかおれの子供産めってな」
「………」
「そのときは、それならそのいつかが来た時、その時に自分の願いが叶っていなかったとしても、身重の足手まといは置いていけ。そう言いやがった。…あいつは、そういうやつだ。いつだって」
「…船長………」
「今の状態で連れまわす事を、は望みはしねぇ。だが今の状態のあいつはこの船にいる事が望みだという。どっちを優先させるかなんて、分かり切った事言わせるんじゃねぇぞ?」


ペンギンを見やりローは不敵に笑んでみせ、踵を返しまた扉へと足を進め出す。
扉を開こうとしたところで、もう一度ペンギンに呼ばれ、ローは顔だけを振り向かせた。


「どんな結論を出そうと、誰も責めたりしません」
「………、お前ももう寝ろ」


何処かつっかえの取れたように吹っ切れた顔をしたローは、ペンギンを一瞥し、またしても自室へと向けて足を進めた。



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