真夜中には甲板の欄干に腰掛け、ぼんやりと夜空を見上げている事が多い。夜更かしの多い彼女だが、身体能力が常人よりも高いからか余り寝る必要はないらしい。ただ、それでも睡眠は必要だ。
そんな彼女が気になりローは度々夜中に甲板を見に行く癖がついている。今夜もまたローは甲板へとやってきたが、習慣というものが抜け落ちている今のがいるはずもなく、落胆と反面少しの安堵を覚えゆっくりとため息を吐いた。
欄干へ肘をつき見るともなしに島を眺めれば、ローに向かいパタパタと手招きする様に手を振る人影が目に見えた。
夜目にもわかる病的に白い肌と華奢な躯体に、少し癖のある栗色の長い髪を背中に流す、布が幾重にも重なった見た目重視の衣装を纏った女。つまり邸にいた、名前だけはローにとって馴染み深い少女だった。
何故ここにいるのかと内心苛立ちを覚えつつ、ローは彼女の要望に応えずその場でただジッと島を眺めた。
すると少女は辺りをキョロキョロと見渡すと、少女の近くにあった縄梯子を手に取り、船まで駆け寄った。
何をするかなどと聞くまでもない状況に、仕方なくローは船から飛び降り少女から縄梯子を奪い取った。
「何の用だ。心臓はの記憶が戻るまで返さねぇぞ」
「あら、それは急がないといけませんわね」
少女は困ったとばかりに腕を組み、ふぅと大袈裟にため息を吐く。
そして暫くの沈黙の後、腕をほどいた少女がローに真っ直ぐ向き直り、大きな瞳でローの目を射抜く様に見つめた。
「遅れ馳せながら謝りに来ましたの。先程は申し訳ない事をしましたわ。でも一つだけ…。彼も私も、彼女を傷つけるつもりは、欠片たりともありませんわ」
「おれがそれを信じると思うか?」
「心臓以上のものを差し出す事は出来ないですもの。言葉を信じて頂くしか、他に術はありませんわ。だから…」
「出ねぇよ。島から」
「…そう」
赤ら様にホッとした表情を見せた少女は肩を撫で下ろした。
尊大な態度を取る割には、妙なプライドは持たず懇願する事も謝罪する事も意に返さないようだった。
「本当、心臓はどうもされてないとはいえ、島から出てしまっていたらどうしようかと思いましたわ」
おまけに口も良く回る。しかし肝心な事は口にはしない。
表情はクルクルと変わるがどちらかといえば笑顔を見せる事が多い。
そして眼差しには何処か慈母の色が見え隠れする。
「…似てるな」
「?」
「お前は、に似ている」
だからこそローは少女の忠告を無下に出来なかった。
「………似てるもなにも…、私はよ?」
「お前じゃない方、うちのだ」
「ふふ…分かってる」
ひとしきりクスクスと笑った少女は、小首をかしげローの顔を覗き込む様にして問うた。
「それで、貴方ののご様子はいかがかしら?」
「記憶がない事とお前らに異常に怯える以外、特に問題はねぇ」
「そうね、とても怯えていましたわねぇ…、もしかして彼女、島を出たいと仰っていたりしまして?」
「それがどうした」
ローの肯定の言葉に一瞬目を見開いた少女は、眉間に皺を寄せ考え込む様に顎に指を当て少しだけ俯いた。
「…ヤバイわね」
「何故だ」
「よろしくて?絶対に戻るまでは島から離れては駄目よ?絶対に駄目よ!」
そう叫びながら走り出した少女は布の多すぎるスカートを見事に捌き脚を進める。
妙に様になっているその光景を見送っていたローだが、一つ彼女に問いかけた。
「おい!エルドラドってのは、あの執事なのか!?」
ローが言い終わらないうちに少女は一度タタラを踏み立ち止まる。
そして少しだけ振り返りローに向かって縁然と微笑んで見せた。
「その推理にたどり着くとは思っていたわ!期待通り!」
結局肯定とも否定とも取れる答えしか出さず少女は宵闇の中へと姿を眩ました。