この島に辿り着いてから二度目となる、邸から船への最高速度での移動に、まさか同じ行動を二度もする事になるとはと、ローは内心独りごちる。
を連れたまま船内の診察室へとやってくれば、能力の代償に奪われた体力とやって来る疲労感に、ローはドカリと椅子に身を投げ出した。
「あ、あの…大丈夫…?」
「ハァ…、…おれはいい。…っ、お前こそ、もういいのか?」
「あ、… ええ。ごめんなさい、取り乱して」
「いや…」
「でも、もう、この島には…留まりたく、ありません…」
診察台の端に浅く腰掛けたは、膝の上で握りしめた手を震わせながら消え入りそうな声で言う。
そんな彼女をジッと見つめていたローは、上がった息が整ったころ、背もたれから離れ少し前のめりに体勢を変えるとの顔を覗き込んだ。
「、それに明確な理由はあるか?」
「え…?」
「この島に、留まりたくない理由だ」
「………いいえ」
「これを見ろ」
ローは先程によって阻まれた、少女の心臓を今度こそ取り出した。ドクンドクンと一定のリズムを刻むその生々しい臓器の姿に、目を見開いたは生唾を飲み込むと体を縮こませた。
「邸でおれたちを見下ろしてたあの女の心臓だ」
「………」
「こいつを寄こしてまで頼み込まれた事がある」
「な、に…?」
「この島に留まれ。ただそれだけだ」
先程執事が現れ、を狙った事から契約破棄だと握り潰そうとしたそれをローは感情のこもらない瞳で見下ろす。
ローの推測が正しければ、少女は執事に逆らえはしない。心臓をローに渡す際に随分な口を効いてはいたが、実際被害に合うのは少女であり、執事に影響はない。
現状として、の記憶を取り戻す術に一番近い場所で、彼女の記憶を戻す事に協力的である、少女の心臓を潰してしまうのは軽率だろうと考え至る。
「お前とは真逆の要望だ」
邸の前での彼女よりもより一層顔を青ざめたは焦った様にローの服の袖を掴み、眉をハの字にしてローに訴える。
「昨日今日会った人の意見と、私の意見がどうして比べられるの…!」
「…なあ、おれにとってはお前だって、昨日今日会った人物でしかねぇんだよ」
彼にとってはただの口をついて出た言葉だった。
しかし一瞬遅れて気づいた自分の放った言葉の残酷さにハッと目を見開いたが、時はすでに遅く。目の前で絶望の表情を滲ませたがただ某然とローを見つめていた。
「…っ、、違う!」
「い、…いいえ、違わないわ…そう、そうよね…私は、昨日会ったばかり…。その通りよ…」
「!」
「…とても大切にされていたのね…。がんばるから、私も、…貴方の信頼が得れるように…」
瞳を潤ませ無理に口角を上げながら必死に伝えるに、ローは彼女の後頭部に手を添えると、自分の胸元に押し当てた。
健気にも自らの状況を受け入れ自身の信頼を勝ち得ようと伝える彼女を愛おしいと思ったからではない。
余りにもローの知るとかけ離れて行く彼女を、見ていられないが突き放す事もできなかったからだ。
確かにこの状況はロー自身の失言から招いた結果だ。しかしその失言も、記憶を失ってからの彼女がローの知る彼女とかけ離れていったのが原因だ。
人間だったころはそうだったのかもしれないと、ローは自分自身に思い込ませようとしていたが、彼の無意識下で今の状況にはストレスを感じていたようだ。
それとは逆に、彼女の身体にはなんの変化もない。象牙色の滑らかな肌も、絹糸の様な細いうねりのない銀の髪も、女性の魅力を最大限に具現化したようなプロポーションも、昔から側にあったローを安らげる仄かに甘い香りも。
全身で彼女を感じるために、昔の名残を求めるために、椅子から立ち上がったローは覆い被さる様にしてをかき抱きた。