朝の騒動の後、日も高く上がった頃に、気晴らしのためにローはを連れ街にへ向かう事にした。
念のため、帽子を決して取ってはいけない、自分から離れてもいけないと、ローは何度もに言い聞かせ、もその度大きく頷いた。
そして二人で並び歩き出したが、何処か覚束ない足取りのに、そういえば記憶をなくし帰ってきた日も、今より酷く覚束ない足取りだったと思い出しつつ、支える為にも彼女の手を取った。
「まだ本調子じゃねぇか」
「い、いいえ。そんなことは、ないわ…」
「そんな足取りで言われて信用すると思うか?」
「ううん、本当に…調子は悪くないわ。ただ、なんとなく、身体が使いにくい、って言うのかしら…。すぐ、慣れると思うから、行かせて」
そう言ってまた歩き出したの歩幅に合わせ、手を繋いだままローも歩き出す。
繋いだ手は普段となにも変わらない感触と、変わらない低すぎる体温である事に、安堵を覚えつつ、少しずつ足取りが軽くなるに合わせゆっくりと街へ足を運んだ。
露店街についた頃には、はすっかり調子を取り戻した。
本当に調子が悪かったわけではなく、身体の使い方が掴めなかったのかと、納得すると同時に、ローの脳内に疑問が湧き上がる。
何故、身体が使いにくかったのか。
恐らく彼女に聞いたところで答えが出てくるわけではないだろうと、その疑問を口にする事はなかった。
そこでローは、今の状態に陥ってからは、自分は口を詰むぐ回数が多くなっていると、はたと気がつく。
決して口数は多い方ではなかったが、には言いたい事を言えていた、はそういう空気を作ってくれていたのだと、否応無しにローは気づかされた。
「とても、賑やかで…綺麗ね…!」
目を輝かせ頭を左右にせわしなく動かしながらは露店を見渡す。今にもローのそばを離れ駆け出してしまいそうなの手を改めてしっかりと握ったローはもう一度に釘を刺す。
「興味がある店があればちゃんと言え。一人で行くんじゃねぇぞ」
「そ、そうね。ごめんなさい…」
一瞬落ち込んだ顔を見せたが、すぐにまた露店に目を向けたはぱっと笑顔を浮かべ遠目ながらも商品を見つめている。
身体能力が人間より遥かに優れた吸血鬼である彼女の視力は高い。離れた場所からでも商品を吟味するには問題はない。
ローはそんな熱心に装飾品の露店を見つめるを見つめた。
今のは、彼女の外見年齢である二十一歳そのままの年齢か、それ以下に見受けられる。から廃退的であり神秘的な雰囲気が抜ければこうなるのか、とローはどこか客観的に頭の隅で考える。
そこでローの視線に気づいたのか、本の少し訝し気にしながらがローの顔を覗き込んだ。
「あ、あの…?」
「いや、何でもねぇ…、何か欲しい物はねぇか?」
わざと話題をそらし、の手を引き先ほどまで彼女の視線の先にあった露店へと歩み寄った。
「あ、あの、本当にいいの…?」
「あぁ。欲しい物があるならな」
ローがそう言えばは顎に手を当て真剣にアクセサリーをジッと見つめた。
その光景にどこか既視感に襲われたが、それがいつだったかローが今と同じく、に欲しいもがあれば買ってやると言ったその時と同じ光景だからだとすぐに気がついた。
「昔もお前は真剣に悩んでたな」
「そうなの…?」
「数分悩んだ挙句、結局何も選びやがらなかった」
思い出し苦笑するローをはさみし気に見つめ、そしてもう一度露店に向き直ると、一つのブレスレットを指差した。金色の細い輪に一つピンクの小さな宝石があしらわれた、シンプルなデザインの物だった。
「今回は、ちゃんと選ぶわ。あれ、あれがいい」
「あぁ、分かった…、まさか買わせといて女に渡そうって算段じゃねぇだろうな」
「え…!?な、何で…!?」
「いや、いい…」
思わず口を着いてでた軽口だったが、まるで話が通じていない事にローは脱力感を覚えつつ、露店の店員からブレスレットを購入した。
それをへと手渡せば、彼女はそれを自らの腕に着けると、ローにむけフワリと至極柔らかな微笑みをその顔に浮かべた。
久しぶりに向けられたの屈託の無い微笑みに、理由もなく安堵を覚えたローも彼女にふっと微笑んだ。