執事から一歩離れながら後を着いて入った邸は、調度品の類はあまり見当たらないものの、カーテンやカーペット、天井からぶら下がるシャンデリア、扉や階段の手すりの装飾といったところに、上品ながらもいかにも高価と一目で分かる物が使われている。外装から想像できる最たる例の豪邸といった仕様だった。
ローは周囲の気配に気を配りつつ執事の後に続くが、まるで人の気配を感じない事に若干拍子抜けしていた。
執事自体も背筋を伸ばし綺麗に歩く様は、高貴な者に使える人間独特の物で、戦闘慣れしている様ではない。
暫く邸を移動した後、何事もないまま彼によって開かれた扉の向こうに、先ほどの病的に白い肌と華奢な躯体に、少し癖のある栗色の長い髪を背中に流す、布が幾重にも重なった見た目重視の衣装を纏った少女が、尊大な態度で椅子に座りローを待ち受けていた。
「どうぞ中へ」
言われるがまま室内に入り、椅子に座る彼女を見下ろした。
「クラヴァット、下がって頂戴」
ローの目をジッと見つめながら、一度も執事に目を配ることもせず少女は言い放った。
執事は小さく「御意」と返事をすると、扉を開けたまま部屋を後にした。
「年頃の女と男を二人きりにして扉は閉めれないって?まぁ執事としては懸命な判断ね」
頬杖を付き扉をチラリと見た少女は大きくため息を着いた。
そしてまたローに視線を合わせると、またしてもローをゾッとさせた微笑みをその顔に浮かべた。
「来ると思っていましたわ」
「なら話は早ぇ。昨日ここに来た女に何をした」
「まぁ、話をするその前に座りなさいな」
すっと少女は自分の前にある椅子を手で指し示す。しかしローは動こうとはせずただ彼女を冷たく見据えた。
そんな彼に少女はクスリと苦笑いを零す。
「彼女には何もしていなくってよ?むしろされたのは私の方ですわ」
困っていますのよ?と言う少女は言葉とは裏腹にただ眉をハの字にして小さくクスクスと笑う。
に吸血された者ならば、吸血時の暗示の一つとして、を渇望する様になる。効果は人によってまちまちではあるが、昨日の今日で影響がなくなる物ではない。
身を持ってそれを知っているローには、少女の様子を見るからにに吸血をされたわけではないことが伺えた。
しかしそれ以外に何をが少女に施すか。
「険しい顔なさらないで頂戴。嘘なんて吐いてなくってよ?」
ローの心中をまるで読んでいるかの様な発言に彼は顔を顰めた。それと比例するかの様に少女は笑みを深める。
痺れを切らした様にはローは手に持った刀、鬼哭を鞘から抜き取ると切っ先を少女へと向けた。
「あら怖い」
「もう一度聞く。あいつに何をした」
「冷静さに欠けますわねぇ。決めつけるのはよくありませんわ。周りを良くご覧になって?」
「確信を付く話をしろ。お前の戯言にはもう飽きた“ROOM”」
能力発動の呪文と共にドーム状の薄い幕がローを中心に広がる。しかし少女は驚く事も椅子から立ち上がる事もなく、ただ面白そうに目を細めた。
「ふふふ、私をバラバラになさる?たかが抵抗も出来ない一般市民の女を。そうまでしてを助けたい?」
「僻地の箱入りは知らねぇか?海賊なんてものは手段を偉ばねぇ日陰者の集団だ」
「ふふ、まぁ、評価しましょう」
随分と上から目線の言葉を呟いた少女はすっと表情をなくすと、真っ直ぐにローの目を見つめた。
「黄金の人」
「…!エルドラド…?」
「そうね、黄金の人、エルドラド。全ては彼のため」
「つまり、この島には本当にエルドラドは存在して、そいつがに害した、という訳か?そいつは何処にいやがる」
「話はここまでですわ。…クラヴァット、客人がお帰りよ。お見送りして」
少女は立ち上がりながらそう言うと、先刻と同じようにクラヴァットと呼ばれた執事が、いつの間にかローの背後に佇んでいた。
しかし武器も持たずいかにも隙だらけの彼にローは見向きもせず。立ち去ろうとする少女に刃を振るおうする。
しかしその直前に彼女の放った言葉に動きを止める事になる。
「ところで、彼女を放っておいて大丈夫ですの?」
「…っ!?」
少女の言葉が耳に入るや否や、ローは頭より先に体が動いていた。
目の前の少女よりも、彼女が仄めかす黒幕の可能性を持つエルドラドの正体が分からない今、船に居るはずのの安否が先決だった。
「私、と申しますわ。また会いましょう!」
背後から聞こえた少女の名前に一瞬目を見開いたが、ローは止まる事なく邸内を駆け抜けた。