身体が本調子でないであろうはまたしても眠りについた。しかし先ほどの様に険しい表情を見せる事もなく、ローは安堵し一つため息を吐く。
一度目覚めるまでは、彼女の表情に気を取られローは気づいていなかったが、今まじまじと彼女を見つめ直し気づいた事が一つある。
彼女は今、眠っている時でさえ、雰囲気がまるで違う。
廃退的かつ神秘的な、人を惹きつけ、何よりローを惹きつけてやまないの特徴であるそれは、記憶と共に消えてしまっている。どうやら種族柄ではなく、膨大な年数を生きてきた上で身についた彼女自身の持ち物であった様だ。
そんな彼女を沈痛な面持ちで見つめるローに、このままではいけないという強い想いが心に刻み込まれる。
ただ静かに寝息をたてる彼女が深い眠りに着いている事を確認するとローは診察室を出た。
彼はペンギンとシャチに合流すべく、船を出る為に足を進める。しかし廊下をたった数メートル進んだところで、これから陸で会うはずだった片割れであるペンギンと遭遇した。
「随分早かったな」
「一応報告に。正面切っても門前払いでしょうから、侵入経路を探したんですが、あんなだだっ広い平原にツナギ姿の野郎がコソコソしていたら目立って仕方ないです」
「だろうな」
「とりあえずシャチが今、町で邸について聞き込みしています」
「そうか…。おれはこれから邸に乗り込む」
「…はい!?あんなでかい邸、何人私兵抱え込んでるか分かりませんよ!?」
ペンギンの静止の言葉も右から左へと流しローは彼を振り切る様に歩き出す。ペンギンは慌ててローに続いた。
「邸の状況が全く分からないまま乗り込むのは危険です!」
「上等だ」
「上等ってあんたなぁ…!幾ら何でも無鉄砲過ぎます!冷静になって下さいよ!!」
「おれはいたって冷静だ」
「そういう状態のどこをどう見て冷静だと…」
「ペンギン」
足を止めペンギンに向き直ったローは睨みつける様に彼を見下ろす。ローの剣幕にペンギンは思わず声を詰まらせ、ゴクリと唾を喉をならし飲み込んだ。
「お前らの船長としては、失格と言える行動だろうが、おれはの庇護者だ。人の世に生き辛いあいつを守る事が、海に連れ出したおれの責任だ。ここで手をこまねくしか出来ねぇような奴に、の庇護者を語る資格はねぇ」
「………分かってますよ。そういう船長だと分かって、おれたちはあんたに、着いて来た」
「なら、止めるな」
「でも…だからこそ!」
語尾を強め、ペンギンは目深にかぶった帽子の奥から、ローに挑む様に見据えた。
「ちゃんと、ヤケにならず、周りをよく見て、猪突猛進にならないで、無事に帰ってきてください。の為に」
「…分かっている」
踵を返しペンギンに背を向け歩きだしたローに、今度はペンギンが後に続くことはなかった。
ただその背に向けて一つ声をかけた。
「の為に、早く帰って来て下さい」
「それも分かっている」
*
邸付近まで寄道せず真っ直ぐに足を運んだローは、ゆっくりと歩みながら邸を見上げた。
権威の大きさを主張するような大き過ぎる邸は、思い切り首を反らさねば屋根は視界に入らない。
中階の窓に視線を彷徨せるローに、またしても三階の窓から少女が彼を見つめているのが目に入った。
少女は昨日のように直ぐに逃げる事もなく、ただローを確認すると、フワリと微笑んだ。
「……っ!?」
その瞬間ローは何故か背中をゾワリとかけ走るような奇妙な悪寒を少女に覚えた。
遠目からでもわかるほどの、細身の白すぎる躯体に、洗礼された衣服を身に纏う唯の箱入り娘然とした少女に、何故これほどの悪寒を覚えるのか。
わけが分からないにしても、ローにとっては、それはに何かを仕掛けたのが彼女である、または件に関わっていると確信させるのには十分な要素だった。
「失礼ですが」
「…、何だ」
いつの間にかローの目の前に、昨日を邸内に案内をした男が佇んでいた。
ほんの少し驚いたものの表には出さず、目の前の執事然とした男を見下ろした。
「お嬢様がお招きしたいと仰せになっております。どうか邸にへといらしては下さらないでしょうか」
無表情に淡々と語る執事のその様と、あまりにも自分に都合の良すぎる展開を不振に思いつつも、好都合に乗じるべくローは執事の要求を受け入れた。