「何の、冗談だ」


絞り出すようにして発した声は掠れていた。それは疑問系でもなく断定する言葉を使えど、まるでロー自身が冗談であると信じ切れていないことを示していた。


「ごめんなさい…」


弱々しげに項垂れたは、今にも泣き出してしまいそうに小さく肩を震わせている。
余りにも普段よりかけ離れた様子のに戸惑いを隠せないながらに、ローは彼女の頬へと手を伸ばした。指先がほんの少し彼女に触れた瞬間、はバッと顔を上げると目を見開きながら後ずさる。
そしてみるみるうちに紅潮する頬を自らの両手で冷やすように押さえた。


「お前はホントに…なのか?」
「船長その言い方は…!」
「私は…と、いうのですか?」


控えめに怯えの見え隠れする声色で恐る恐る問うに、もう騙りである事疑うなど、この場にいる彼女以外の三人に出来るはずもなかった。


「ああ、そうだよ。お前はってんだ。おれはシャチで、このペンギンって書いた帽子かぶってるやつが、帽子の通りペンギンだ。で、こっちが俺たちの船長。ロー船長だ」


全員分の自己紹介を簡易的にするシャチの指し示す方向に視線を移しながら、は口の中で反復するように彼らの名前をか細く呟いた。



「…の身体は、外傷や危険があれば、銀でやられた怪我でもねぇ限り、身体が吹っ飛ぼうが直ぐに再構築出来る様になっている。記憶がねえってんなら、脳に異常があったか…。兎に角、異変があれば即刻治る。それがだ」
「でも私…」
「だが常識ではない、何かが働いたとすれば」
「…悪魔の実、っすか?まさかエルドラド…?」
「可能性でしかねぇ」


ローはの顔を覗き込み、如何にすれば円滑に話を聞き出せるかを思案しつつ、彼女に問いかける。


「昨日の深夜の事は、覚えているか?」
「え、あの…、身体が動かしにくくて…、でも、遠くに逃げないとって思って。…それだけ」
「邸で何があったか、分かるか?」
「あ…、…ごめんなさい」
「………」


しどろもどろに答える彼女の言葉からは、確信を付く何かを得られない。そうなるであろう事は分かっていたローもそれ以上は追求しなかった。


「私は、…どうすればいいですか?ここに居て、良いのですか?」


『どれだけ振り回しても、どれだけ利用しても、貴方が必要で離れられないのは私の方よ』


いつだったかがローへと向けた、今の彼女が放った言葉とは正反対の言葉が、彼の頭に過った。
ローとしても、好きで振り回されているわけではない。しかしそうだとしても、の思う様に振る舞えばいい。それこそが彼女が彼女である所以だ。そう考えてきた。
だからこそ、急に主導権が自分に委ねられた今、にかける言葉を一向に見つける事が出来なかった。


「邸に行く。何かあるとすればあそこしかねぇ」


居た堪れなさを隠すかの様に、ローはに背を向け歩き出す。しかし一歩足を踏み出した所で、にグッとシャツを掴まれその場に踏みとどまる。何事かと首だけを動かしを見やった。


「どうした?」
「………」


何も声に出さない変わりに、はただ眉をハの字に寄せ不安気にローを見つめた。


「船長はについてて下さいよ。おれ達が行きますから!」
「あの城並にでかい邸ですよね」
「…あぁ」
「よし、行ってきます!」


バタバタと急ぎ足で部屋を出て行った二人を見送ると、しんと沈黙が降り至る。
彼女に背を向けたままだったローは、自分のシャツからの手をゆっくりと解かせ、ベッドのふちへと腰掛けた。


「私は、どうしたら…いいのですか…?」
「お前自身は、どうしたい…、いや、今こんな事を聞くのは酷か」
「………私は…」


微かに震えだした腕を、は抑える為にギュッと拳を握る。その拳にローは自分の手を重ね、優しく包み込む。体温の低いに自分の熱を取られるいつもと変わらない感覚に、ローはほんの少しの安堵を覚えた。


「心配すんな。必ずどうにかする」
「………」


は何も答えず、ただ俯いた。絹糸の様な銀の髪がさらりと流れ、彼女の顔を覆い隠した。






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