の自室ではなく処置室のベッドに、気を失った彼女を横たえできる限りの診察をしたローは、改めて彼女をまじまじと見つめた。
青白いと言っても過言では無い白すぎる肌は、普段と全く変わりはない。ただごく稀にしか見せない眉をハの字にした表情が、ローに非常なまでな焦燥感を煽り立てる。
「いったい何だ…!」
額に手を当て、脳内にぐるぐると可能性とその否定要素が駆け巡る。
第一精神的に参る事の少ないが外傷や病以外で倒れるなどという事はまず考えられない。心労などとは無縁の様な女性である。
ならば外科医であり他の医術も多少心得ているローが診察して何事も無い、となれば手の施しようなどあるはずがなかった。
何もできないまま立ち尽くしていると、廊下からバタバタといくつかの足音が診察室へと近づき、そしてバンと思い切り音を立て扉が開かれた。
「せせせせ船長おおお!!が倒れたって!!?」
「うるせぇ大声出すんじゃねえ!」
「…船長もです」
診察室へと訪れた大声を出すシャチに大声で言い返し、同時にやって来たペンギンが彼らを宥めた。
一瞬沈黙と気まずい空気が流れたが、ベッドに横たわる弱々しげな面持ちのを見て二人は息を詰めた。
「船長…は…」
「外傷はねぇ」
「じゃあいったい…」
「………」
無力感から項垂れ、悔しげに拳を握るローにシャチとペンギンは絶句する。
「ただ眠っている様にも見える。…暫く様子を見るしかねぇ」
「…………」
三人から視線を注がれるは相変わらず瞼を閉じていたが、ふいにローが彼女の頬にそっと手を添えた次の瞬間、睫毛をほんの少し震わせた。
「…船長!」
「あぁ。、目を覚ませ。…」
「…ぅ…、……っ」
目を覚まさないながらも、は眉根を寄せ呻きながら、ほんの少し身をよじった。
そんな彼女にローがいたわる様に頬を摩れば、険しい顔つきが徐々に穏やかな面持ちに変わる。
そしてまた寝息を立てだすと思われたが、彼らの願いが届いたのか、はゆっくりとその瞼を開いた。
「…!、分かるか?」
「うおおお!!良かったああああ!!」
「うっせえ黙れ!」
「…っ、何にしろ良かった…!、大丈夫か?」
焦点の定まらない瞳を暫く彷徨わせ、ぼんやりとしたままは上体を起こした。
緩やかに首だけを動かし周囲を見渡した彼女は、ようやく自分の状況を理解したのか、はっと目を見開いた。
そして困惑した面持ちでぱちぱちと長い睫毛に縁取られた、切れ長の目を何度もはためかせた。何か言いたげに口をわななかせたが、きゅっと口を閉じると不安気に掌を胸元できゅっと握りしめた。
「…?」
普段から自身の自信に満ち溢れた彼女が、この様な反応を示す事など珍しいを通り越しほぼあり得ない事である。せっかく目を覚ましてもこれでは何の安心も出来ない。彼女を見守る三人は内心焦燥感に苛まれながらも、不安気な彼女にそれを見せるわけにもいかず、ただジッとの動向に気を配る。
「あ…」
ついに発せられた彼女の声は、普段よりもいささか高い気がした。
普段と違うのは声と態度だけでは無い。
年の功から種族柄からか、は若い外見には似合わない何処か廃退的な空気を醸し出し、見るものを惑わす様な神秘的な雰囲気を常に纏っている。今はそれがまるで見受けられない。
そしてその雰囲気を増長させる伏せ目がちの瞼が、ぱっちりと開かれている。
彼女が人間だった時代は、こうだったのか。そう思わせるような、ただの美人がそこに居る。
「貴方達は…誰ですか?」
怯える様にローを見つめる瞳が、それが冗談などではないと、有り有りと語っていた。